05
「葉月さ、深丘になつかれてるよな」と、加藤が呟いたのは、五月の連休が明けた頃だった。
「そんなことないだろ」
「いやいや、そりゃあお前が部長にべったりなのに比べたら全然だけど、客観的に見たら普通に好かれてるだろ」
「何、羨ましいの」
「うっぜー。調子のんな」
深丘はあれ以来、たまに俺と一緒に孝成さんを送り届けている。
少し前までなんとなく最後まで部室に残り、当たり前のように自分と孝成さんで戸締まりをして鍵を返しに行っていた。けれど、片付けや掃除をしてから着替えにくる一年生が俺ではなくなり、その習慣も少し、変わり始めていた。
孝成さんは監督やコーチと練習後に話をしていて、それを待っていれば必然的に最後まで残ることにはなるものの“二人きり”とはいかない。
「はぁ〜」
「孝成の前ではため息つくなよ」
「…すみません」
「アイツが一番キツいんだから」
「そう思うと副部長って何するんすか」
「シバくぞ」
「いって、もうシバいてるじゃないですか!」
痛い!と、叩かれた額を押さえた加藤に、高見先輩の手でかいからおでこどころじゃ済まないよなと、場違いなことを思った。
既にインターハイ予選は始まっていて、けれどシード校のうちの初戦はまだ先だ。それでも会場には足を運び、試合を見学する。孝成さんはじっと試合を見つめて集中して目を動かしていた。そんな姿を見てしまうと、絶対に負けるわけにはいかない、と強く思う。孝成さんの作る試合は彼のチームであれば気持ち良くて、自分が本当にスーパースターになったように錯覚するようなプレーができる。けれど敵なら…コート内全てが孝成さんの視野範囲である限り穴はないし、逆に自分たちの穴を見つけられて劣勢を強いられるだろう。それだけを考えれば、負けることなんて無いように思える。それでも優勝を逃すのは、彼以外の力不足だ。
「あっ、タオル忘れた」
「ここにあるけど」
「違う、自分の」
ああ、と納得したように頷いた加藤を横目に、俺はバッシュを脱いだままの足で体育館へ戻った。
孝成さんに頼まれて持たされたものはちゃんと持ってきた。けれど自分のタオルがなく、どこかで落としてきたのかも、と。体育館にはまだ孝成さんと顧問がいて、隅に座って何かを話している様だった。自分のタオルは入り口付近に落ちていて、それを拾い上げて様子を伺うと真剣な声が小さく聞こえた。
「毎年、夏で引退するって決める三年を見るのは俺も気が滅入るんだ」
「高見は冬まで残るんじゃないですか」
「高見しか残らない」
「充分じゃないですか。今の二年生も強いし、何より葉月がいます」
「葉月一人じゃ最後までは勝ち残れない」
「俺がちゃんと、残れるようにします」
「…水城の成績なら推薦で送ってやれるのに」
「志望校は変えられないので」
「そうだな…担任や進路指導差し置いて俺が口出すことじゃないとは分かってるんだが…いやあ、勿体ないなあ」
「全然、ここまでやれただけで、充分です」
ノートや数枚の紙をファイルにはさみながら、もう大事な話は終わったように肩の力を抜いて交わされる言葉の意味はすぐに理解できた。やっぱり、孝成さんは夏で引退するんだ…分かってはいても、それが決まったことだと突きつけられるとショックで、拾い上げて握っていたはずのタオルが手から滑り落ちていた。
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