04


「深丘…何してんの」

「休んでたこと謝りに来たら、お茶出されちゃって」

正直、仲良く話をするほどの関係ではない。ただ、16、7歳の自分にとって中学の二年間というのは大きい。深丘がさらりと声をかけてくれたことは嬉しかったし、一応知っていた俺の連絡先に部活出れなくて、と連絡をくれたことも嬉しかった。

「葉月も飲んでくか」

「遠慮しときます」

「即答かよ。あ、深丘、お前の後輩なんだろ」

「ああ、はい」

顧問は深丘の向かいに座ったまま俺に手招きをする。外で孝成さんが待っていることを知っているからか、それ以上引き留められることはなかったものの「葉月と違って深丘獲得するの苦労したんだぞ」と笑われた。
俺はチョロかったですもんねと嫌みの一つでも言いたかったけれど、グッとこらえて「帰ります」と軽く頭を下げた。

「まあ、仲良くしてやれよ」

「はい。お疲れ様でした」

「あ、俺も帰ります。お疲れ様でした」

「なんだよー。気を付けて帰れよ」

「はーい」と、適当に返事をして外に出ると、孝成さんはサッカー部の人と話をしていた。まだ練習着姿のその人は校内でも孝成さんと一緒に居るところをよく見かける人だ。何度か俺も喋ったことはあって、その人が俺を見つけて「来た」と少し大きな声で言った。

「お待たせしました」

「うん。じゃあ、また明日」

「おーじゃあな」

「お疲れ様です」

いつもサッカー部の方が先に帰っていくからなんだか変な感じだなと思いながら孝成さんと駐輪場に足を向かわせた。その背後から「藤代先輩!」と再び深丘に声をかけられ、俺より先に高成さんの足が止まる。

「あっ、部長、お疲れ様です」

「お疲れ様」

「藤代先輩自転車ですか?」

「ああ」

「途中まで一緒してもいいっすか」

「え?あ、俺真っ直ぐ帰んねぇよ」

既にガラガラになった駐輪場で、ガチャンと自分の自転車が音を立てた。数歩離れていた孝成さんがいつの間にかすぐ隣に来ていて、やんわりと肩をぶつけられた。

「一緒に帰ってあげたら」

「いやでも、孝成さん送ってかないと」

「馬鹿にしてる?」

「心配してるんですよ」

「俺葉月より年上だからな」

孝成さんを送るというのは俺の中で部活に出るのと同じくらいの日常動作だ。遠回りではあるものの、たかが五分十分で、その時間を惜しむほど俺は何かに追われてはいないし、一分でも長く孝成さんと居られる方を選びたいと思っている。そう、だから、さっきの“まだ居て”は、やっぱりとても不釣り合いな言葉だった。
結局、深丘が「じゃあ、俺も、部長送ります」と言い出して三人で肩を並べて歩いた。なんとも奇妙な組み合わせで、孝成さんは穏やかに深丘へいくつか質問をしていたけれど俺の心は全然穏やかじゃなかった。というか落ち着かなかった。
風に揺れる髪を直すふりしてさりげなく触ったり、別れ際のキスを受け入れたり、そういうことが出来なくて。でもだからといって深丘を邪魔だとは思わないし、二人の間で交わされる話に耳を傾けるのは楽しかった。

「ありがとう。じゃあ、また明日」

「お疲れ様でした」

「気を付けてね、二人とも」

「……」

「葉月」

「、はい」

「また、明日、な」

形の良い唇が綺麗な弧を描いた。

「…はい」

ずるい。でも、それはまるで俺だけに分かるキスの約束みたいで、馬鹿馬鹿しくときめいてしまった。それから孝成さんが家の中に消え、俺たちは自転車にまたがって家路についた。

「深丘さ、俺に何か話でもあった?」

「えっ」

「いや、一緒に帰ろって」

「あ、すみません。久しぶりに藤代先輩と喋ったら嬉しくなって」

へらりと笑った深丘はしっかりセットしてあるような整った髪を風に揺らして一瞬だけ俺の方を向いた。

「スーパースターですよ」

「俺?」

「はい」

「俺が?」

「はい」

それは所謂地元のスーパースター、ということだろう。現に、学校自体は強くて有名だけど俺個人の活躍はどうだろう。騒ぎ立てられる程ではないし、実際俺より高見先輩の方が圧倒的に脚光を浴びている。つまり地元の贔屓目、だ。それでも深丘は、すごいや尊敬する憧れると口にして、俺だって単純に嬉しかった。けれど、「頑張ります」と、真っ直ぐな目で言われて、孝成さんにとっての俺は、こんな感じなんだろうかとふと気付いてしまった。自分を慕って尊敬してくれている、それだけで無条件に可愛く思えるこれは…孝成さんも、そうなんだろうか、と。

深丘と途中で別れ、残りの道でぼんやりそんなことを考えた。

「可愛い、か」

そんな漠然とした形のない言葉を、俺は孝成さんに向けられて喜んでいたくせに。俺のこの軽い、“可愛い後輩”が孝成さんのその言葉と同じだとしたら…鋭いナイフでゆっくり、血の筋を眺めながら、全身を切りつけられるような感覚だった。




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