03


二人きりの部室、その静かな空間で孝成さんが 「深丘、って」と溢した。不意に。

「はい?」

「葉月の後輩」

「ああ、はい。そうです、けど」

「目立ってたね」

「中学のときから目立ってましたよ」

「推薦って聞いたけど、今日初めて顔見た」

「あはは、なんか、お腹壊してたみたいで。監督には連絡しろって言っておいたんですけど、孝成さんまで回ってきてないですか?」

練習着からシャツへ着替えた孝成さんは「聞いてた」と言いながら俺の方へ体を向けた。俺は特に何も言わないでそのシャツのボタンを留める。

「聞いてたけど、初めて見たから驚いた」

「はは、デカいですからね」

「葉月の方が大きいよ」

「そうでした?目線同じくらいでしたけど」

新入部員の深丘宗吾は、俺と同じ中学から俺と同じように推薦で入学してきた。去年一年の彼の活躍は話には聞いていたものの実際には見てはおらず、中学在学中の彼しか知らない。 人数も多かったからよっぽど目立たない限りチームメイトという感覚も薄かった、その中で深丘は有力な選手だったように思っている。ただ、孝成さんに「どうだ」と聞かれても答えられることは少ない。それでも何か言おうと考えながらボタンを留めたシャツにネクタイを締め、ブレザーを被せる。

「…背は、伸びましたね。俺がいた頃より」

「そう」

「すみません、俺自分のことで精一杯で全然余裕とかなくて、去年の全中のことは聞いた話しか─」

「知ってる」

「えっ」

「葉月が自分のことで精一杯だったことは」

「…すみません」

少し口元を緩めた孝成さんは「葉月が努力してることはちゃんと知ってる」と付け加えて、鞄を肩にかけた。

「ありがとう。帰ろうか」

「あ、孝成さん」

「ん?」

「鞄。ちゃんと閉めてください」

「あ、ほんとだ」

「携帯も。こんな風に入れたら帰ってから探しますよ」

部で買いそろえた鞄は全開で、その中に差し込まれた携帯を掬ってチャックを閉めると鍵を持っていた孝成さんがそれを指先で揺らした。

「ありがとう」

「…鍵、貸してください。俺持ってきますから」

「ん、ありがとう」

「孝成さん」

「何?」

「……俺の方こそありがとうございます」

「……何が?」

俺が努力していることを知っていてくれて、とは言わないで、代わりに少し待っててくださいと溢して鍵を返しに教官室へ入った。
俺は確かに注目されていた方で、その自覚もしている。けれど、そうなるまでの過程はあまり知られていないのだろう。俺は生まれながらに、と言えるような天才じゃない。体格には恵まれたけれど、めちゃくちゃ練習もトレーニングも頑張ったうえでの功績だ。
チームメイトの誰よりも努力してきた自信はある。まさに血の滲むような。今だって…孝成さんには敵わないかもしれないけれど…俺は死ぬほど努力してここにいる。それを唯一、孝成さんが知っていてくれるだけで俺は救われている。

「あ、藤代先輩」

鍵を返したところで数分前話題に上がった深丘宗吾が俺を見つけて立ち上がった。無駄に広くてきれいな体育教官室の窓側に設置された客用のテーブルとソファー、そこに座っていたらしい深丘が俺に深々と頭を下げた。




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