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穏やかな顔と、緩やかな動きに反してそれでも圧みたいなものを感じるのは、それが表向き人当たりのいい孝成さんの隠された部分を知っているからだ。二時間ほど前に軽く交わされたキスより、ずっと熱くて目が回りそうなキスをされた。

「、はづき」

「はぁ…、た…」

「ん、」

俺をロッカーに追いやり、両手で俺の頬を挟んで。少し下に引かれるその手に従って下げた顔を、テーピングのほどかれた指が優しく撫でる。スポーツドリンクの匂いを仄かに残した唇が戸惑いなく俺の唇に重なり、俺は抵抗もしないでそれを受け入れて目を伏せた孝成さんを見つめた。

綺麗な人だ。本当に。
何度、その熱い唇に噛みつきたいと思ったか。

「たかなり、さん…」

「可愛いね、葉月」

「そんなこと言うの、孝成さんくらいですよ」

「はは、そっか…こんなに可愛いのにね」

ああ、もう…本当に、どうしてこれほど綺麗な人が俺なんかを可愛いと言って、俺だけに微笑むのか不思議で仕方ない。けれど、満足して離れていく孝成さんを、俺は止めないし追えない。「行こうか」と、もうなんでもない口調で言う彼にも慣れてしまいそうで怖い。

「……」

「葉月」

俺は孝成さんのバスケに馴染んだ硬い手が、とても正しいものだと崇拝している。それが自分にも欲しいというよりは、自分の触れられる近い場所にずっとあって欲しいと願っている。

「はい…」

俺が開けた部室のドアから孝成さんが先に出て、トイレまでの数メートル彼の背中を見つめながら進んだ。

「そういえば」

「、はい」

「月バスに乗ってた葉月、格好良かったよ」

「えっ、見たんですか」

「高見が見せびらかしてた」

愉快そうに肩を揺らした孝成さんは「入学してきた頃の葉月は子犬みたいだった」と言って、俺を振り返った。

「もう立派な成犬の顔付きだ」

「……俺犬っぽいですか」

「猫ではないね」

「そうですか」

「俺は犬の方が好きだな。高見もさ葉月のこと可愛いと思ってるんだよ」

だから見せびらかして歩くんだと言われても、俺より大きく載っていた高見先輩に対して素直に「はい」とは言えない。

「孝成さんも載ってましたよ」

「俺はいいよ」

「格好良かったです」

孝成さんは俺の台詞に少し目を大きくて「ありがとう」と頭を撫でた。

「今年の夏は、優勝しような」

「、はい」

「全国制覇したら、葉月はもっと大きく載るだろうから、そしたら俺それ部屋に飾るよ」

「やめてください」

楽しそうに冗談を口にする彼に、なんとなく機嫌が良いのだろうなと俺の口元も緩んだ。

夏、だ。
もうあと三ヶ月もしたらインハイ予選が始まって、三年生になった孝成さんの最後の夏がくる。ウィンターカップまで居るかどうか…進学率が圧倒的に高いうちの学校では、バスケ部と言えど受験する部員の方が多い。推薦やスカウトでもあればそちらにいくだろうけれど、孝成さんのストイックさを見る限り自力で進学を目指すのだと思う。
それを聞けないのは、俺がまだ現実を見るのが怖いからかもしれない。とにかく、何よりまず、インターハイが大きくて。

「なるよ、葉月は。日本一に」

孝成さんはそう言って、目を細めた。



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