01
爽やかな朝の光、隣で眠る彼の綺麗な横顔、白いシーツの滑らかな肌触り。懐かしい匂いと、泣きたくなるその温度。
緩やかに浮上した意識はすぐに、「おはよう」と囁かれた甘い声に覚醒した。とろりとした顔で俺を見た彼は、すぐに起き上がって布団から出た。その体温を追って手を伸ばすと指先を掴まれ、そのまま俺も起き上がった。甘い朝の雰囲気なんてものはなく、その代わりにおはようございますと返した俺に孝成さんは口元を緩めた。
朝食には彼の作った味噌汁が出てくる。
アメリカで食べた個性的な味噌汁を思うと少し恋しくなるけれど、豆腐と揚げとワカメの浮かぶ赤褐色のこれが、やっぱり一番安心する。出汁で巻いた卵も久しぶりの味で、それは目頭がじんわりと熱くなってしまうほどだった。
あの頃より天井も壁も近く感じられる中で二人で朝食をとると、孝成さんは何気なくとった靴下を眺めて左右が合っているかを確認した。
「間違ってますよ、それ」
「…本当だ」
「……孝成さん」
「うん?」
「……いえ、何でもないです」
「何?」
「や、えっと…」
ふと甦った光景をどう言葉にするか悩み、けれど正直に「俺がアメリカに行く前、孝成さんすごくしっかりしてたじゃないですか」と告げると振り返った彼は一瞬考えるように視線を仰がせ、確かに、と頷いた。
「しっかりしないといけないって、気を付けてたから」
「……」
「葉月が居なくても生きていかないといけないって、葉月に何も心配事を残していってほしくないって思ってたから」
話しながら他の靴下を引っ張り出すけれどそれも間違っている。もういっそ全部同じ形の同じ色のものにしてしまえばいいのに、いや、それではどれを洗って洗っていないか分からないか…いや、そもそもそれが分かったら間違えないか…とどうでもいいことを考え、すぐにやめた。
今は俺が居るのだから彼の足りない部分は自分が補えばいい。
「それも違いますよ」
「あれ、本当だ。相方どこだろう」
離れていた十年、この人がどうやって過ごし何を見てどんな気持ちで生きてきたか、聞きたいことも話したいこともたくさんある。
「あ、あった」
「孝成さん」
「何?」
「孝成さんに話したいことがたくさんあるんです、俺」
手こずりながら腕時計をはめた孝成さんは「俺もあるよ」と俺の肩に手を置いてくっと顎を上げた。
キスのサインだ。真夏の部室で交わしたいくつものキスが順番に頭の中を流れていく。
「いってきます」
「いってらっしゃい、気を付けてくださいね」
「ありがとう葉月も」
「はい」
何度も見送られた場所で孝成さんを見送り、俺も自分の準備をして部屋を出た。孝成さんが託してくれた鍵を押し込んで、それをかけたキーケースをしっかり鞄にしまって。
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