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「あ…向こう、出るときに挨拶とかしに行ってて…飛行機の中は部屋着に着替えたんですけど、さすがにそれで降りるわけにはいかなかったので…」

「似合ってる、格好良い」

新調したら、と約束したことを不意に思い出した。すっかり体型は変わってしまったし、スーツもアメリカのもので日本のスタイリッシュさとは少し雰囲気が違う。その襟を触りながら、孝成さんは口元を緩めて「葉月だ」と小さいく小さく呟いた。
キスをしようと孝成さんの顎を掴むと、流石に外だしこの人の職場だしと葛藤が始まり、風で晒されたおでこに唇を押し付けた。
何度も触れたはずの孝成さんの体温が、けれどそこからじわりと広がってたまらない気持ちになった。どうしようもないくらい覚えていて、この匂いや感触も、瞳の色も。十年経っても孝成さんの背中が一番大きい。

「はづ、」

「良かった、今会えて…」

「…」

「はぁ〜…ほんとに」

「…良くわかったね、ここにいるって」

「すっげー探しましたよ!病院中走り回って聞きまくって」

「そうじゃなくて、この病院って」

「え?あ、部屋に名刺置いてあったじゃないですか…はぁ〜…もー!そうですよ!鍵!気付かなかったらどうしてたんですか!?」

「えっ」

「これですよ!鍵!」

空港で渡されたお守りを突き付けて、中に入っていた鍵のことを責めると、孝成さんは少し驚いたように言葉を詰まらせた。

「もし、気付かなかったら、もう一生会わないつもりだったんですか」

お守りの中に入っていたのは最後の夜、孝成さんに返したあの部屋の鍵だった。俺は馬鹿みたいにそれを持ち歩いて、おかげで元気だったなんて思い込んで、もし気付かなかったら、なんて考えただけでぞっとする。
孝成さんはまたずれた眼鏡を整えて、目尻にシワを寄せて小さく笑った。

「もちろん会わないつもりだった」

「なっ、」

「そういう意味で別れたんだから」

「……」

「でも、葉月は会いに来た」

「それは…だから鍵が…」

「鍵がなかったら来なかった?」

「……すぐには、はい、多分…」

「そうか。俺はあの時のまま終わる覚悟は出来てたから。もし葉月が俺に会いに来なかったら、それはそれでよかったんだ」

「、じゃあ、なんですか、あの部屋…」

「入った?」

「入りましたよ!家具はそのままでしたけど、荷物、なんですかあれ」

「出てく準備」

「準備っえ…仕事も辞めて?」




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