09


「葉月、くるし…っ、」

「うわ、」

「いっ…た、」

「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか?怪我してないですか」

「こっちの台詞。痛いところない?」

後退った孝成さんが尻餅をついた上に覆い被さったまま、「ないです」と答え、彼の髪についた芝を払う。
太陽の光を受ける孝成さんの目に、もう涙はない。けれど、まだ湿った頬がその涙が存在したことをちゃんと残している。

「孝成さん、キス、して良いですか」

「…はは、」

「真剣に聞いてるんです」

「どうぞ」そう答えながら、体を起こした孝成さんの顔が近づく。芝まみれの髪が揺れて。

「あ、でも」

「はい?」

「葉月、恋人が出来たんじゃないの」

「……はい?」

「去年、そういう記事が出てた」

「はあ?…あ、あー!いや、それ違いますらね!はぁ、香月にすげーしつこく聞かれたやつだ…」

「あの記事が出て少し経ってから、香月ちゃんから連絡がきたんだ」

「ええ?え、本当ですか?」

「うん、それで、葉月に確認したって。ガセだったって」

「はぁー…良かった…」

「ご飯食べてホテルに送っただけって」

「…いや、あの、ご飯も二人じゃないですからね。向こうでは全然何も言われなかったから忘れてた…」

今小のタイミングでその話を出すなんてずるい人だ。昨年でた記事のことは一応知っていたし、モデルと食事をしたのも事実だ。だけどそれは宮城ルイが俺ではなく他のチームメイトを狙っていて、どんなコネを使ったか飲み会までこぎつけて、けれど結局玉砕。酔った彼女を宿泊しているホテルまで俺が送り届けただけ、それが事実。

「孝成さんまで信じたんですか?」

「…どうだろう、葉月が幸せなら良かったって」

「思ったんですか?」

「思ったけど、思ってたよりショックはうけたかな」

「……」

さらりとそう答え、孝成さんは俺の襟元を直した。もうキス云々の空気ではなく、まだ疑わしく思われているなら全力で弁解したい俺をよそに「スーツ、やっと見れた」と、硬い背広の肩を軽く叩かれた。




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