07


「孝成さん」

「うん」

「俺、日本でバスケするって決めました」

「うん」

「チームも決まってます」

「ん、」

「アメリカで挫折したわけじゃないんです、限界を感じたわけでも。俺はこの十年、自分の為だけにバスケをしてきました。でも、歳を重ねた今、これからは、この先は、自分が強くなるんじゃなくて…俺が孝成さんを追いかけたように、誰かに俺を追ってもらえるように…」

孝成さんの言葉そのままだ。
俺に向き直った孝成さんはしっかり目を見て頷いて、俺の声を聞いてくれている。正直、まともに話せる気なんて全くしない。酷く緊張して変な汗も出ているし、じっと見つめられて脳みそが溶けそうになっている。ぐらぐらと視界が揺れて、俺は、もう一度会えたら伝えたかったことを喉の奥で用意した。

「忘れなかった」

「、え」

「俺が葉月を好きだったことも、葉月が俺を好きだったことも。葉月が活躍するのを、本当に、誰よりも嬉しい気持ちで見てた」

十年、必要な手続きとバスケの事以外では帰ってこなかった。一度も。それでも目が覚める度、眠る度、孝成さんを思い出して。俺だって忘れなかった。自分の事で一杯一杯になっているくせに。忘れることなんて出来なかった。
環境が変わっても、孝成さんよりずっと大きくて強くて圧倒されるようなプレーヤーに出会っても、それでもやっぱり俺の憧れは孝成さんだけで。もう会わない、それくらいの覚悟をしたのに…孝成さんは穏やかに「葉月を見てた」と笑った。俺にはそれが今はもう少しも好きじゃないと言っているように聞こえて、逃げるそぶりなんて見せていないのに、彼の腕を掴んで引き寄せた。

「孝成さん、聞いてください」

緑が綺麗な中庭には至るところにシロツメクサが咲いていて、形の良い三つ葉が時折吹き抜ける風に揺れている。さっきの小さな子供と一緒に、この人も四つ葉を探したりするのだろうか。十年の月日は俺の知らない孝成さんを作って、俺の唯一の恋も奪ったのに。どうしてこんなに穏やかでいられるのか。
今目の前でこの人が笑っているからだろうか。もう一度会えて、安堵しているのだろうか。

「この十年、孝成さんのことを考えなかった日はありません。ずっと、俺は…孝成さんに出会ったときから、貴方の事が…孝成さんの事だけが─」

「好きだった」用意したその一言は喉につっかえて、そんな過去形ではないと脳が言葉を変換して少しの沈黙を作った。孝成さんの目が、ゆっくり瞬きをして僅かに痩せた頬にその影を落とす。懐かしい…部室で、帰り道で、あの頃のいつも見ていた光景だ。意外と睫毛が長いとか…触れなければ分からなかったことが…

「好きでした。今も、好きです」

「はづき、」

「孝成さんはそんなことないって、怒るかもしれないけど…俺がここまで頑張れたのは孝成さんが居たからです。待たないって言われたことはちゃんと覚えてます、でも…ごめんなさい、会いに来ました」

「……」

「待ってて欲しいって言えない自分が情けなかったです。夢の舞台に立つまで何年、活躍して有名になって、堂々と貴方に待っててって言えるまで…一体どれだけかかるのか、分からなくて…向こうにいる間、正直、孝成さんの事はたくさん考えたけど、恋人のままだったら諦めてたかもしれません」

アメリカでバスケを続けることを諦めて、孝成さんのところへ帰りたくなることは本当に何度もあった。それはバスケが嫌だとか、辛いとかではなくて、上手くいっていてもいっていなくても、ふと、孝成さんのことを考えて、無性に会いたくなって。甘えて、「頑張れ」と言われたくて。それを当たり前にして。




back next
[ 181/188 ]

>>しおり挿入


[top]




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -