05


大きな病院の、広い中庭で、白衣が風に揺れてその背中が少し傾いた。髪は柔らかそうにふわりと浮き、風に舞った初夏の匂いが鼻の奥をつついた。鮮やか青葉の緑と、突き抜けるような青空の下、邪魔そうに白衣を押さえたその人は「せんせぇー!」と駆け寄ってきた小さな体を抱きとめた。

「病院の中で走ると怒られるよ」

「外だよ!」

「そと、あ、外か」

「それにせんせぇは怒らないもん」

「んー?」

その場にしゃがみ、目線を合わせ、片手で掴めてしまいそうな頭を“せんせぇ”の手が優しく撫でた。すっと通った鼻筋に、薄い唇。シャープな顎のライン、少し、ほんの少し、あの頃より痩せたように見えるその顔が、子供相手にとても穏やかに緩んだ。
それから好きで堪らなかった彼の手に、彼女の小さな手が重なり、白い花が指に絡む。

「むー…出来ない」

「指輪?」

「うん」

「先生もこういうの下手だからな〜」

「ままに聞くね」

数本のシロツメクサを彼に押し付け、軽やかに走り去った背中は母親らしい女性に抱き上げられ、病棟らいし建物へと吸い込まれた。一人、ポツリと残された白衣の背中はその親子を見送ってからすぐ脇にあったベンチに腰を下ろし空を仰いだ。白衣の胸ポケットに受け取った花をさして。

清々しく、目を細めて、口元を緩めて。
すぐそこまできている夏に思いを馳せるように。

俺は泣きたくて、抱き締めたくて、逃げたくて、ずっと握り決めたままのお守りをもう一度強く握って、一歩進んだ。
孝成さんの覚悟と、自分の覚悟、きっと別れたあの日の決断は間違ってはいなかった。離れてから分かったのは、自分のことに必死で孝成さんに“待っていて”なんてとても言えなかったということ。恋人のまま離れて、すれ違って、それが怖いから別れようと言ったわけではなかったということ。

俺と過ごす片隅で、いつもいつか離れる日が来ると心構えをして、俺のことを俺より誰より大丈夫だと信じて応援してくれていた孝成さんが、今幸せなら俺は会うべきじゃないのかもしれはい。それでも、どうしても、もう一度触れたかった。
好きで好きでたまらなかった、自分の中心に居た。ここまでバスケを辞めないで、そのバスケがあの頃と変わらない自分の全てなのも、孝成さんが居たからで。足を踏み出す勇気は、その一歩目に全て押し込んで、青い芝を踏む二歩目には「孝成さんに触れたい」を込めた。

「見つけた」



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