04


空港内に響くアナウンスと、大きな電光掲示板に表示されるフライト情報をもどかしく感じながら、自分の乗る飛行機の搭乗口へ急いだ。「約十時間」孝成さんが物理的な距離を時間に例えたのは、俺が最初にアメリカに行くことになった大学一年の夏だ。
十時間、夜、眠ってしまえば一瞬の時間なのに…座席に腰かけ眠れずに過ごした十時間のフライトは、今までの中で一番長い時間に思えた。
空港まで迎えに来ると香月が言ってくれたけれど、それには断りのメッセージを送った。理由は言わないで。雲を見ながら何度も何度も早く着けと呪文を唱え、はやる気持ちをなんとか抑えた十時間だった。

掌にはゲートをくぐってからずっと握りしめていたお守りの痕が残っている。

日本に着いてすぐ空港からタクシーに乗り、あの頃住んでいたアパートへ向かった。
着いたのは正午をまわってからだった。空腹なのか眠いのかもよく分からない頭と体で、アパートの階段をのぼる。カンカン、と安っぽい音がする階段だ。
あの頃とても新しく綺麗に見えていたその建物は、今は周りの新しさに飲み込まれてしまったのか記憶の中より僅かに古く感じられた。

汗で湿った掌からお守りを解放して、ほどいたままのそれをひっくり返す。ぽとりと、出てきた鉄の塊は、あの日、俺が孝成さんに返したものだ…いや、返してと言われたもの。

「はぁー……」

しっかり覚えている。
ドアの数、何番目の扉か、通路の幅、あの頃置かれていた気持ちばかりの植え木鉢。爪先でコンクリートの感触を確かめながら孝成さんと過ごした部屋の前で足を止めた。

「いってらっしゃい」

このドアの向こう、孝成さんが俺を送り出してくれた朝は、俺の人生の中でほんの一瞬しかない。その一瞬を、俺はずっと胸に抱いて、毎朝目を覚ます。今も。
頭の中でどくどく音がする。指先も、そこに心臓があるみたいに脈打っている。震える指先でインターホンを押すと、懐かしい音が扉の向こうで響いた。




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