03
フィルと別れ、手荷物検査へ向かうため踵をかえし歩き出すと、すぐに声がかけられた。
「お兄ちゃん」
「、ん?」
「これ、落としたよ」
「あ、ああ…ありがとう」
「どういたしまして!これ、日本のお守り?」
「そう、知ってるの?」
「しってるよ!おばあちゃんがね、日本人なんだ。お守りは大切にするものなんでしょう?」
「うん、そう…大事にしなきゃね。ありがとう、君のおかげでなくさないですんだよ」
小さな子供の手に握られていたそれは、アメリカに発ったあの日、孝成さんが俺にくれたものだった。肌身離さず、とまではいかなかったかもしれない。けれど、基本的にずっと持ち歩いていた。
日本ではずっと大きな怪我や病気をしなかった、それが、孝成さんの管理の賜物だったと離れてから俺は気付いたし、事実長く慣れない土地にいるとホームシックのようなものにも陥った。それでも練習や試合を休んだり、出来なくなったりするほどの怪我はしなかった。きっと、孝成さんがくれたお守りのおかげだ、と俺は心の底から思っていた。そのお守りも、何年も鞄につけたり財布に入れたりして汚れてしまったし、今も、ストラップ部分が千切れてしまった。
「良かった〜」
「ん、ありがとう」
随分と草臥れてしまったそれを握ったままポケットに手を押し込み、出国ゲートへ向かった。
手荷物はほんの僅かで、鞄と、ズボンのポケットに入れていたスマホをトレイに出す。こんなに身軽に日本に帰る日が来るとは思っていなかった。
最後の日、孝成さんに背中を向けてからも俺はずっと孝成さんが好きで、それでももう彼の背中を追うことは出来ないのだと、離れてから思い知った。一緒に過ごした最後の三日間、「しようか」と、最後のセックスをしたのはずっと前のことなのに、孝成さんの体温や呼吸の音はさっき感じたばかりのようによく覚えている。
『ビー、ビー、』
「っ、え、」
「ポケットに何か入ってませんか?」
「いや、出したと思…あ、え、これ?」
自分の潜ったゲートが音をたて、すぐに係員にポケットの中身を差し出した。さっき、男の子が拾ったくれたお守りだ。
「what is this?」と、聞かれ、素直にお守りだと答えると中に何が入っているのかと間髪いれずに問われた。
「何?なにって…」
なんだろう、お守りの中身って小学生の頃覗いたことがあった気がするけれど…何が入っていたっけ?変なものが入っていたわけではなかった気がするなと、目を光らせる係員の前でお守りの結び目をほどいた。
「え、」
一度も、中を見ようとは思わなかった。そう、もしかしたら今ここで見なければ、俺はそのまま一生見ることが無かったと思う。
中から出てきたそれは、想像もしていなかったものだった。一目で何か分かるそれに、俺はすぐゲートを通してもらえた。
「なんで…」
今、ここで、この空港で、出国審査の前に、これが落ちなければ…あの子供が落としたと教えてくれなければ…俺は…
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