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「…なんれすか」

「何か食べた?」

「食べてないですけど…あ、飴は食べました」

「いちご」

「はは、正解です。匂います?」

「少し」

クラスの子に貰ったんですと付け加えると、孝成さんはじっと俺を見つめて「餌付けされてる」と鼻から笑いを漏らした。

「されてないですよ」

“餌付け”とは違うけれど、目の前の人に俺はかなりコントロールされているし、その自覚もある。彼の世話をやくのはそれとは関係ないけれど、多分俺も、孝成さんが他人から何かを貰っていたらそう言うのだろう。
甘い匂いがすると言いながら、再び唇を重ねられて目を伏せる。柔らかいその感触に触れられていた唇の端がぴくりと震えた。ちゅ、と小さな音をたてて離れた孝成さんは一度睫毛を揺らして俺を見上げた。

「来た」

「、え?」

「賑やかになった」

ふふ、と一人で微笑んで、腰をあげるのが合図だったみたいに部室のドアが空いた。

「おーなに、葉月早いじゃん」

「あ、お疲れ様です」

入ってきたのは先輩たちで、ベンチに取り残された俺は鞄をロッカーに押し込んで部室を出た。そのまま向かった体育館はまだがらんとしていて、マネージャーが窓を開けてまわるところだった。そこでもまた「早いね」と言われ、俺っていつもそんなに遅かっただろうかと考え、そういえばいつも部室を出るのは最後だなと思った。一年生のくせに生意気だという嫌みも含まれていたのかもしれない。

「葉月くん、部長もう来てた?」

「孝成さん?居たよ」

「…そっか」

「なに、呼んできた方がいい?」

「あ、ううん、いつも一緒に入ってくるから聞いただけ」

「ああ、」と、マネージャーに相づちを打ってからゴールを出して回った。

「部長いつも葉月くんのこと待ってるのかと思ってた」

「えっ」

「だってほら、部室開けてるの部長だから多分来るのは早いでしょ。一回体育館来たりすることもあるし、それからまた部室行くんだもん。絶対葉月くんのこと待ってるんだって思うじゃん」

「はあ…単純に、俺がサボるの心配してるんじゃないの」

「あはは、それはないでしょ。待ってるんだって」

授業やホームルームの具合で一年生の方が早く終わるときもあるけれど、基本的に部室を開けるのは孝成さんだ。出来ないときは誰かが鍵を借りに行くけれど。孝成さんが俺を待っているのだとしたら純粋に嬉しい。まあ、聞いたってそんな答えは返ってこないだろうけど。

「うわー、葉月がもう居る」

「まじか、なに、掃除サボり?」

「え、いつの間に…」

「……」

同じ教室に居たはずの加藤まで驚いて、どうして今日はこんなに早いのかと考え直してみた。教室はいつも通りに出て、掃除の当番ではないからそのまま部室に来た。いつもは途中で誰かと立ち止まって喋ったり、先生に捕まるけれど今日はそれがなかった。代わりに高見先輩に捕まり、足早に部室へ向かったし孝成さんと他の部員が出ていくまでそこに滞在もしなかった。

「明日雨じゃん」

「うるさい」

「てか葉月が再試も追試も補習もない時点で明日は嵐」

「いや、部室に部長残してきたってことは槍でも降るんじゃねぇの」

「うるせーって」

孝成さんにベッタリな自覚はあるものの、周知の事実であると思い知らされると少し痛い。俺が一方的に孝成さんを好いている分にはいいのに、周りからお前の一方通行と言われると傷付く、みたいな。別にそれでメソメソしたりはしないけれど、それでも孝成さんは俺をみんなより少し近くに置いてくれていると思っているから。
俺が孝成さんとキスをしているとか、そんなことを言ったらどう思われるのだろう。まず信じてさえもらえないかもしれない。まあ今のところ、誰かにこの秘密を共有してもらおうとは思っていないからいいのだけれど。




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