02
最後にもう一度、今度は深く頭を下げてありがとうございましたと、日本語で告げた俺に、彼女は「ah…エキサイティングだった」とやたらネイティブに日本語を混ぜこんで手を振ってくれた。彼女の横で姿勢良く座り、賢そうな顔のまま耳を数回振ったシェパードは、俺が背を向けると遠慮がちに「ワン!」と一つだけ声を出した。
その足で少し寄り道をしてから空港へ向かい、荷物を預け賑やかな雰囲気から逃げようにラウンジへ足を運ぶことにした。けれどその途中で電話が入り、どこにいるのだと怒鳴られた。「そこを動くな」と一方的に電話は切られ、しばらくその画面を見つめていたらすぐに「フジ!!」と、空港内に大きな声が響いた。
「フィル!」
「どういうつもりだ!!どうして先に出た?」
「寝てたから」
「オーマイガー。起こしてって言っただろう」
「寄りたいところもあったし」
「はあ〜…これだからジャパニーズは…」
大勢が行き交う混雑した空間は、日本より自分の体格が馴染んでいても、それでもやはり目立ったらしい。フィルはすぐに俺を見つけた。
アメリカに来てから長く俺の面倒を見てくれて、英語が全然な俺に彼の妻であるエマが徹底的に教えてくれた。そのおかげで今があるのだと、昨日の晩彼らにはきちんと伝えた。そう、昨夜はアメリカを出る前の、最後の夜だった。自分の部屋はもう引き払ってしまったからと、フィルの自宅に泊めてもらったのだ。
「エマに起こされた?」
「叩き起こされたよ。フジが出てからね」
「寝てるならいいよって、俺が言ったんだからエマを責めないで」
「責めないよ。むしろそれでも起こしてくれたんだから感謝してる」
「また…今度は遊びに行っても良い?」
「大歓迎だよ。エマもジェイクも喜ぶ」
「ジェイク、今朝も俺の横で寝てた。次会うときまでにはフィルになついてるかな」
「なつかせるさ」
「あ、そうだフィル」
「なんだ?」
出会った頃より白髪が増え、おでこも少し広くなったフィルは顎髭を触りながら首をかしげた。その仕草が、今朝見送ってくれた賢い顔のジェイクに良く似ていて笑いそうになる。
「エマと日本に来るときは教えて。いつものお礼に美味しい味噌汁作るから」
「おお、それは楽しみだな。エマにも言っておくよ」
「うん」
「ああ。じゃあ、元気でな。向こうでも元気でやれよ」
「はい」
「こっちでチェックしてるから」
「はは、プレッシャーだよそれ」
「フジ」
「はい」
「君は俺が出会ったプレーヤーの中で一番魅力的だったよ」
「ありがとう」
日本語が無駄に上手な彼には日本語で、最後の挨拶をした。ラウンジでゆっくりする時間はなくなってしまったけれど、もう一度ちゃんとお別れの挨拶が出来たことは良かった。
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