01


「Hi,Fuji」

「…んん」

「It’s time to wake up」

「……あー…」

「Good morning.Did you have a good sleep?」

「…yeah」

まだ覚めきらない頭を持ち上げると、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。気持ちの良さそうな朝だ。
俺が起きたのを確認して挨拶のキスをしたあと、ブロンドの髪が揺れて「朝御飯にしよう」と流暢な英語が聞こえた。もう随分聞き取れるようになった英語は、それでもまだ自彼女と同じように喋れるほどではない。

ベッドから出ていつの間にか脱いでぐしゃぐしゃになっていたTシャツを着て部屋を出ると、味噌汁のいい匂いが漂っていた。俺の寝ていたベッドの下で眠っていたのか、大型犬が俺の足音に顔をあげ、後ろをついてリビングへ入ってきた。

「……トマトの味噌汁?」

「Yes」

「……」

豆腐と揚げとワカメの味噌汁がいいと毎回言うのに、彼女にはちっとも伝わらない。いつもマッシュルームやトマト、見たことない野菜が入っていたりする。味は味噌汁に間違いはなく、そこそこ美味しい。いや、結構美味しい。ただ、久しく食べていない味はどうしても恋しくて、これを出される度余計に思いを馳せてしまう。
俺の為にと米を炊き、鮭を塩で焼き、個性的な味噌汁とはまっていると言う糠漬けが並ぶテーブルは、およそアメリカ人食卓には見えない。俺としては非常に嬉しいけれど。

顔を洗ってから食事の並ぶテーブルにつくと、いいタイミングでコーヒーが出てきた。和食にコーヒーも、もう慣れっこだ。

「ありがとう」

「Huh?」

ありがとうを“Thanks”と言い直すと、白い頬にえくぼが出来た。形の良い前歯を出して笑った彼女は、俺が日常的に使う日本語をわざわざ英語に言い直させるのが趣味だ。もう慣れたものの、まだ起ききっていない頭は「いただきます」とまた日本語を吐いた。

「美味い」

「オイシイ?」

「Good,so good」

「Thanks」

自家製の梅干しまで付けてくれた彼女にもう一度お礼を言い、流れているニュースを横目に「フィルは?」と問うと「まだベッド」と呆れた顔をして寝室が指差された。
そうか、じゃあ仕方ないなと、食事を終えて着替えを済ませ、そのまま家を出ることにした。

「I’m leaving」

「OK、フジ」

「ん?」

「Have a good day」

滑らかな肌の感触。
俺の頬を、子供のそれを擦るように撫でておでこを押し付けて、「Take care」と溢した彼女に少し、泣きたくなった。スーツケースをひいて玄関を出ると、外はやっぱり気持ちの良い空気で満ちていた。



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