04


昔の事とは言え、自分に告白してきた女に結婚式の準備を手伝わせるのはいかがなものか。とは思いつつも、今自分の中に彼への恋心はない。友人としての好意以上のものは、もう消えてしまった。
だから気にしていないのは事実で、幼なじみの彼が幸せだと言うならそれで良い。全然構わない。わたしだって嬉しい、そう思える程。

「透、結婚おめでとう。まだ紹介してもらってないけど─」

緊張したような顔でぎこちなく、式に出れないのが残念だけど、新婚旅行も兼ねてアメリカに遊びにおいで、と続ける声がパソコンから聞こえた。画面は見えない位置にいるけれど、自分が撮ってきたビデオだ。葉月がどんな顔で、視線で、喋っていたかは覚えている。
とーるちゃんの左手薬指にはまだ指輪はない。代わりに、右手にペアリングであろうものがはまっていて、なんだかそれが牽制のようにも見えた。

「そういえばさ」

「うん?」

「俺、香月のこと好きだったよ」

「はあ?」

「小三の時」

「え、なにそれ初耳」

「初出しだよ」

パソコンの画面からすっと視線をあげ、こっちを見たとーるちゃんは「その頃香月は俺なんて眼中になかったけど」と、自嘲気味に笑った。その頃の記憶は曖昧で、けれどあるとしたら日々の葉月との喧嘩やバスケのことばかり。とーるちゃんとは幼稚園から中学を出るまでずっと一緒だったしバスケも同じようにしていた。
そんな素振り一度もしなかったじゃないかと言えば、「香月が鈍感なんだろ」と呆れたように視線を逸らされた。

「あの頃香月は俺のこと男とも思ってなかったんじゃん」

「そんなこと…」

「あるだろ」

「や、でも言われなきゃわかんないし。大体言った私をふったのはとーるちゃんだし」

「そういうことだよ」

「え?」

とーるちゃんは“タイミングだよ”と、ストローのささったグラスを持ち、レモンの沈んだ紅茶を口に含んだ。

「タイミング?」

「俺が告白してたってフラれてただろ」

「まあ、確かに」

「ちょっとくらい考えろよ」

「や、だってさあ、小三の時なんてとーるこんなにちっちゃくてガリガリだったじゃん。…あ、ほんとだ、男の子って感覚なかったんだ」

「はっきり認めすぎだからな」

「…つまり、高校の時は逆ってことだ」

「分かりやすく言えば」

「ふーん、なるほど…タイミングね」

同じタイミングで両思いになるってすごいことなんだ、と他人事みたいに頷いてもう一度彼の手元を見る。それは確かに牽制で…お互いに…そんな気持ちになるのも分かる気がした。

「……えっ、でなに、葉月とルイちゃんのこと関係あるの?」

「だからタイミング」

「……」

「アメリカ行く前まで付き合ってる人居たってのは聞いたけど、香月から。向こう行くことになって別れてても別れてなくても、そういうタイミングみたいなもんがあるんじゃねぇのって話」

「じゃあとーるちゃんも今が結婚のタイミングって感じたから結婚するの?」

「それももちろんある」

「まあ五年付き合って、もうすぐ三十だし、って感じ?」

「んー…それもないことはないけど、したいなって思ったタイミングが重なったんじゃん?」

「ふーん…」

別れて、また誰かと恋をするタイミング…
タカナリさんはこの記事を見たのだろうか。二人が別れたことは知っているし、葉月には一年に一度ほど会いに行っているから葉月の話は聞いている。だけど、タカナリさんにはもうずっと会っていない。今どこで何をしているのか、連絡先を知っているくせに聞いたことはない。

「会った瞬間ビビビッてきた?」

「嫁さん?」

「うん」

「きた。めっちゃきた」

「なーるほどな〜…」

「なに?」

「ううん、ビビッときたなら安心だなって」

「はあ?」

「こっちの話」

良いのだ、彼が幸せなら、それで。
葉月だって、幸せで居てくれたらいい。だからタカナリさんもそうであってほしい。葉月を見ていると「孝成さんが好きでしょうがない」と考えていることが手に取るように分かる。
双子だからだろうか。
葉月の調子が良いとき悪いとき、嫌なことがあった時、浮かれているとき。振るまいに気を付けて周りに悟られないようにしていても分かる。そう、分かるんだ。
アメリカに行くと決めた時から、一人きりでアメリカに行って足りない頭で努力して努力して大学を卒業して、聞いたことのない小さなチームから、日本中が取り上げるような大きなチームと契約するまで、活躍している今も、葉月は失恋したままだって。

「とーるちゃんの式は生配信するからね」

「はあ?やめろって」

顔を見れば、声を聞けば、すぐに分かる。
双子だから、葉月が何を追い続けていたか誰よりよく知っているから。自分より葉月が幸せであってほしいと、心の底から思っているのだ。絶対に教えはしないけれど。





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