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“藤代葉月”
その名前を、日本が取り上げた。
日本人何人目の、日本人初の、そんな見出しを掲げて。ニュースで、雑誌で、ネットで、サッカーや野球に子供たちが夢中になる中、それでもバスケの一番大きな舞台に立った日本人がすごいと。

「愛称はフジ、ねぇ」

「なに、葉月くん?」

「うわ、お疲れ様です」

「お疲れ様。すごいよね、葉月くん」

俺の手元にあった雑誌に視線を落としながら、監督は「高見の後輩なんでしょ?」と悪戯をするような子供みたいな目で問うた。

「はあ、まあ…」

誌面に写るその名前も、かつての子犬のような面影が残る顔も、間違いなく高校の後輩だ。同じ高校のバスケ部、入ってきたときから期待され、情緒不安定な部分を持ちながらもその世代では一位二位を争う選手に育ってくれた。俺の友人でもあった部の主将に忠実な、まさしく立派な成犬になって。
その後輩にアメリカに行こうと思っていると、話をされたのはもう随分前の話だ。

「いやー、すごいよな〜顔も可愛いし」

「高校の時の方が可愛かったですよ。子犬みたいで」

「ははは、よく覚えてるよ。彼は小学生の時から目立ってたし」

「確かに…」

「会ってるの?葉月くんとは」

「有名になってからは一度だけ」

葉月がアメリカに行き、有名なチームと契約をした直後。観光と観戦を兼ねた旅行で葉月とは顔を合わせている。何の意地だか知らないけれど、葉月はとにかく日本には帰らないと、アメリカで頑張る覚悟を決めていた。
正直、孝成とどうなったのかはいまだに知らない。葉月にも孝成にも聞けないでいる。
それこそ、日本に残された孝成の前で葉月のことには触れられなかった。一人になった後、孝成は国家試験を一発で合格して医大を主席で卒業、研修先の病院でそれはもうめちゃくちゃ働き、今では立派に小児科医…小児科だかNICUだか俺にはイマイチ何が違うか分からない…アルファベットのところにいるらしい。
孝成には年に一度くらいは会うものの、その中で葉月の話題は出ない。というか俺からは出せない。なんとなく。
デリケート、と言うほどではないかもしれないけれど、とにかく、今の孝成に葉月の話をしたら孝成が壊れてしまいそうで。

「ここまで有名になってくれると、なんていうか、やっぱりすごいなって思いますよ。怖いって言うか」

「天下の高見純輝が何弱気なこと言ってるんだよ」

「やめてください」

「はは、高見も挑戦したいタイプだと思ってたんだけどな」

「今からでも行きましょうか?チーム辞めて」

「高見がそうしたいなら俺は止めないよ」

さらりと答えながら、俺が本気で言っているわけではないことをちゃんと分かっているのだろう。俺の手から雑誌を浚って「こっちの葉月くんは格好良い」ともう話を逸らされた。

「帰ってきたときはうちに欲しいなあ…」

「声かけてみたらどうですか。監督と合うか分かりませんけど」

「高見の口から葉月くんの悪い話聞いたことないし、こうやって名前を知ってもらえてるってことはさ、バスケに興味を持ってもらう一歩にもなるだろう。もし日本に帰ってきて、その後のこと迷うようならな」

うんうんと、勝手に妄想を広げる監督に「帰ってくるにしてもこないにしても葉月はバスケをやめないと思う」と、言おうか迷い、結局言わないことにした。絶対、という確証がないというよりは、あくまで俺が知っている葉月はもう何年も前の葉月だから。
家庭環境にも練習環境にも体格にも恵まれて、才能もあって、けれどチームの誰より練習して、バスケが楽しいと真っ直ぐに言う葉月が懐かしい。出来ればもう少しリーダーシップみたいなものが欲しかったけれど。まあ、そこはいい。

葉月に対して、バスケのことで心配はないのだ。あるとしたら怪我や病気で、それ意外は本当に何もない。代わりに、孝成とのことが気がかりで、隣で「欲しいなあ葉月くん」と何度も呟く監督の声はほとんど聞こえなかった。




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