07
翌日、飛行機の時間は夕方だけど免許をとった香月がアパートから空港まで送ると、昼前にやってきた。孝成さんと最後にとった朝食は、いつも通り白米と孝成さんの作った味噌汁と、少し焼きすぎた卵焼き。
「ごめん香月、ちょっと待って」
「はいはーい。そこ車停めていい?」
「うん、たぶん」
「じゃあ動かしとく」
「ああ」
孝成さんは大学に用事があるからと何故かスーツを着ていて、俺は最後の仕事のつもりでその首元のネクタイを整えた。
「空港には後で行くから」
「間に合いますか?」
「間に合わせるよ」
「……孝成さん」
「うん?」
「や、待ってますね。空港で」
「待ってて。あ、あと」
「はい」
「鍵」
「え?」
「この部屋の。貸して」
「あ、はい」
キーホルダーがついたままの鍵を鞄から出して孝成さんに差し出し、返ってきたのはキーホルダーだけだった。思わず「えっ」と漏らした俺に、孝成さんは一瞬顔をひきつらせてから微笑んだ。
「俺も病院決まったら、ここ出てくと思うから」
「あ…」
合鍵は孝成さんの手の中。
たった二年、その鍵はあっさり俺の手を離れてしまった。持って行ったって仕方ない、でも、何も言われなかったらこのまま持っていたはず。卒業式に貰ってそのまま使っていないテーピングと一緒に、孝成さんの形跡として。
返された見慣れたキーホルダーを見つめ、昨日散々泣いたのに、また泣きそうになって下唇を噛んだ。
「葉月にはもう、必要ない」そう言われた気分だった。孝成さんがここを出ていって、この人のことだからまた携帯を壊したり変えたりする度データが飛んで、連絡も取れなくなって、二度と会えなくなるのでは、と不安に襲われた。そんな俺に「香月ちゃん待ってる」と何でもない顔で言った孝成さんは、受け取った合鍵を下駄箱の上に置いて俺の背中を押した。
「また、会えますよね、あとで」
「行くよ。終わったらすぐ行く。絶対」
「……じゃあ、また、あとで」
「ん、またあとで」
孝成さんは一緒に部屋を出て、俺が車に乗り込むまで、見えなくなるまで、俺たちのことを見送ってくれていた。
「家族にくらい挨拶してけって感じ」
「香月から言っといて」
「はあ?」
香月の運転する車は一度コンビニに寄り、そのあと空港に向かった。昼を食べていないからと中で二人で和食の定食を食べ、香月は土産まで選んで普通に買い物をしていた。
「フライト時間大丈夫?」
「ああ」
「タカナリさん来るかな」
「……」
「来なかったりして」
何となく、そんな気はしていた。
もちろん来て欲しいし、気持ちは待っている。でも、来ないかもしれない、という危機感は消えなかった。見送られながらそんな気持ちが芽生え、空港で待っている間、それはどんどん大きくなっていた。
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