15


「葉月くん」

「……はい」

「良く頑張りました」

高見先輩は俺の点数を担任から聞き出していたらしい。それって教師としてどうなんだとか、副部長ってそんなことまで許されるのとか、聞きたいことはたくさんあったけれど我慢した。というか、俺も嬉しくてそんなことどうでも良いなと頭の片隅で思っていた。
着替えていいぞと部室に通されると、既に着替えを済ませた孝成さんがバッシュの紐を締めていた。練習着から覗くしなやかなふくらはぎに履かれた黒いレッグスリーブが色っぽいなと、そんなことを思って数秒見つめたら、不器用に紐を結んだ孝成さんが顔をあげた。

「お疲れ」

「お、疲れ様です」

テスト明けの疲れも、解放感も感じさせないいつもの孝成さんだ。バッシュの紐は縦結びになっていて歪な蝶々だ。孝成さんの座るベンチに鞄をおろし、その足元にしゃがんでそれを解くと、孝成さんは「ありがとう」と何でもないみたいに呟いた。

「いつもちゃんと結べてるのに」

「久しぶりだからかな」

「わざとじゃないんですか」と、思わず言ってしまいそうになったけれど、大人しく足を揃えた彼にあえて言う必要は無いかなと口をつぐむ。俺が結び直す間、他の部員は誰も出入りしなかったし、部室の前に居たはずの高見先輩の声も聞こえなかった。もしかしてもうみんな体育館へ移動してしまったのかと、古びた時計を見上げたけれどむしろいつもより早いくらいだった。

「締めすぎじゃないですか」

「うん、ちょうどいい」

「はい、いいですよ」

「ありがとう。葉月は結ぶのもうまいね」

よしよしと、まるで飼い犬を撫でるように俺の頭を撫でた孝成さんは立ち上がって、ロッカーからジャージを引っ張り出した。丁寧にそれを羽織る背中が「高見すごい心配してた」と小さく呟いて揺れた。

「高見先輩は馬鹿にしすぎなんですよ」

「心配なんだよ、葉月が抜けたらって」

「高見先輩がそう思ってくれてるなら嬉しいですけど…」

あの人は俺の頭の悪さを面白がってるだけに思える。
孝成さんの隣のロッカーを開け、ブレザーとシャツをハンガーにかけると、「俺も心配してるよ」と孝成さんがテーピングを握りながら俺を見た。

「葉月が居なくてもうちは強いけど、俺は個人的に葉月が居ないと勝てないと思ってる」

「……」

「何その顔」

「複雑」

「あはは、なんで」

本当にそう思ってくれているなら嬉しい。けれどその真意はわからないし、孝成さんだって高見先輩と同じくらい俺の事を馬鹿だと思っているかもしれないのだ。

「葉月」

「はい」

「痩せた?」

「さあ、そんな感覚ないですけど…痩せてます?」

孝成さんにとって俺がどれくらい重要な部員なのかなんて到底分からないし、痩せた?と腕を撫でる手の感触だって俺ばかりが動揺している。

「寝不足」

「触って分かるんですか?」

「顔でね。痩せてはないけど、部活あるときより疲れてる」

「あー…寝不足は寝不足かもしれないです」

孝成さんが手を離すのを待って、ベンチに置いた鞄から練習着を引っ張りだして着替えを済ませると、孝成さんはもう一度、ベンチに座った。俺もその横に座ってバッシュを履き、指のテーピングを始めた彼の手元を見つめた。
手際よく、慣れた手つきで右手に巻かれていくそれは、孝成さんのスイッチみたいなものなんだろう。
誰かが軽い突き指や捻挫をすれば孝成さんが誰より素早く処置をするし、テーピングだって上手だ。ただ、その指に施されたものが疚しいもののように思える自分には失望する。

「そんなに見ててもいつもと同じだよ」

「俺、部活がない方が疲れてるかもしれないです。体は動かした方が確かに疲れるけど、それって毎日のことだから体は慣れるし、寝れば結構回復するし…」

「俺にも会える?」

「はい」

「可愛いね、葉月は」

パチンパチンと余分なテープをハサミで切り、その手で俺の耳元を撫でた孝成さんはやんわりと顔を寄せてきた。ふにゃりと一瞬触れた唇を追うように顎を少しあげると頬を撫でていた手が下唇を軽く摘まんだ。





back next
[ 15/188 ]

>>しおり挿入


[top]




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -