04


『ガチャン』と再びそのドアが開いたのは正午を少し回ったころだった。俺はジムから帰ってきて、自分の昼食を用意し、まさに食べるぞ、というところで手を止めた。

「え、」

「ただいま」

「はい?」

「今日から三日間、部屋に引きこもる」

「は?」

「葉月と一緒に居る」

三日間、それは俺がこの部屋を出るまで、という意味だろうか。
言葉の意味を上手く理解出来ず首を傾げた俺に、孝成さんはもう一度「一緒に居る」と呟いて、眉を下げて小さく微笑んだ。鞄をその場に置き、シャワーを浴びて部屋着になった俺に抱きついた孝成さんはまるで確かめるみたいに強く、腕に力を入れた。

「あの、孝成さん」

「ん?」

「三日間、って…」

「もう大学も休みだし、バイトも休みとってる」

「…は、あ…?」

「何する?どこか行く?」

「え、どこかって…え、本気ですか」

「こんな冗談言うメリット俺にないだろ」

「や、まあ…そうですけど」

「ここにずっと居ても良いし、出掛けてもいい。葉月がしたいことがあれば一緒にするよ」

それはつまり、限られた“恋人”の時間をギリギリまでその関係でいようということ。ああそうか、別れるのか、そうだった、じゃあ最後にこの人をこの人の体温を匂いを、自分の体に刻み付けておきたい。なんて、まさか孝成さんは考えていないだろう。俺の為に、俺がギリギリまで恋人で居たいと言ったから。

「葉月?なに、泣きそうな顔してるけど」

「…ごめんなさい」

「なにが?」

「俺、」

好きだと言う言葉は、やっぱり言えなかった。代わりにその体を思い切り抱き締めて、忘れないように孝成さんの匂いを鼻の奥に隠して、食べようと思って作った焼きそばをテーブルに置いたままもつれるように寝室へ入った。
敷いたままの布団に孝成さんを転がして組み敷き、「ここに居たいです」と答えた。

「分かった、うちに居よう」

「あと、味噌汁、食べたいです」

「あはは、じゃああとで作るよ」

「あと」

「うん」

「あと…」

孝成さんに覆い被さって、してほしいこと、したいことをポツリポツリと落としながら、最後に好きって言ってくださいと、浮かんだ台詞を口の中で留めた。それを悟ったように孝成さんは俺の頬を撫でて、魔法をかけるように「好きだよ」と、形の良い唇を開いて囁いた。
俺はそれだけで涙が込み上げてきて、自分の目から溢れたそれが孝成さんのほっぺを濡らした。

「孝成さん」

「うん」

「たかなり、さん」

「葉月」

お昼ご飯は食べたかとか、本当に三日間休みなのかとか、聞きたいことを押し込んで、やっと絞り出した「好きです」の一言はこの至近距離でも聞こえないのでは、というほど小さなものだった。それでも、久しぶりに口にしたその言葉は、胸の奥を熱くして、好きだと言った瞬間ぷつりと何かが切れたような感覚になった。

「は、づ…」

「孝成さん、触って、いいですか」

「…ふ、」

「、」

「ごめん、初めてしたときみたいなこと聞くんだと思って」

「初めてのときも、その後も、今だって、俺はいつでも緊張してましたよ」

「知ってる。聞こえてる」

そっと俺の胸に手を置き、それから服の中に滑り込み、「しよっか」と、見たこともないほど色っぽく、孝成さんはもう片方の手で俺の後頭部を押さえた。

「、ん…」

「は、ぁ…たか、」

宝物だなんて言いながら、この人は手放すことを最初から覚悟していた。そんな残酷な事実を飲み込むみたいに、重ねた唇から伸ばした舌を辛めて言葉を奪い合った。
まだ肌寒い、桜が咲くまでもうしばらく、地元にはもしかしたらまだ雪が溶けないで残っているかもしれない、そんな春を待つ日だった。俺は狂ったように孝成さんを抱いた。



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