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その背中があったから。
絶対的な存在として、俺の中にあり続けたから。

「待ってください、じゃあ、俺の気持ちはどうなるんですか…俺がここまでやってこれたのは孝成さんが居たから…」

「違うだろ。葉月はいつだって努力して、誰より練習して、バスケが好きで、バスケからも愛されてる。俺は葉月の努力をちゃんと見てきた」

「大事だって言うなら、別れようだなんて…離れる準備なんて、」

「向こうで、葉月がずっと俺を好きでいてくれたら嬉しい。でも、いつまで離れてるか分からないのに気持ちが変わらないなんて言えないだろ」

「言えます、言えるに決まってるじゃないですか」

「俺は言えない」

「、」

「いや、うーん…ごめん、嘘。そうじゃなくて、簡単に帰ってきて欲しくないんだ。葉月の気持ちが変わってもいいから、向こうに、長く居てほしい。葉月がやりきったって思うまで。帰りたい理由に、いつまでも俺がなっていたくない」

「……」

「葉月の手を取ったときから、葉月は俺の宝物だから。葉月がバスケをしたいって好きだって、そう思ってるなら俺をここに置いて、身軽になってアメリカに行ってほしい」

「でも、」

「ごめん」

どうして孝成さんが謝っているのか分からない。だけど、いつ帰るかも分からないのに無責任に“待っていて”とは言えない、それは分かった。確かにその通りだからだ。
好きでいる自信はあるくせに、簡単に帰ってきて欲しくないと言われてしまったら、じゃあ長く離れて、結局そのまま会えなくなったらどうしたらいいんだろうと思ってしまった。孝成さんの言うとおり、行くからには簡単に諦めるわけにはいかない。諦めたくない。
孝成さんが俺を待たないと言うのはそういうことなんだ。応援してるから、大事だから、いつでも帰ってこいとは言わないのだ。それがつまり、一生戻ってこないことになっても。
今ここで、俺は孝成さんが大事だから、離れたくないから、アメリカには行かないと言えば彼は怒るのだろう。見たこともないほど怖い顔で、聞いたこともないほど低い声で。俺に、「そんなことを理由にするな」と、思い切り平手打ちでもして。

たった二年過ごしただけの部屋が、それでも孝成さんと一緒に生活したというだけで、自分にとって紛れもなく大切な場所になってしまった。孝成さんとこんな関係になっていなければ、俺はあっさり日本を飛び出しただろう。孝成さんが言うように、彼が躊躇う理由なら、いっそ別れて向こうに行った方が自分の為なのかもしれない。
何かあったら孝成さんのところへ帰ろう、なんて甘えが言えないように。孝成さんと別れてまでここに来たんだからと、戒めるためにも。孝成さんを、永遠に俺にしばりつけて幸せに出来ない、なんてことにしないためにも。

ただ、どうしても、俺が幸せで堪らないと思っていた裏で、孝成さんはいつかくる別れを感じながら過ごしていたと言うのが悔しい。のうのうと彼の横に居たことがあまりにも滑稽で泣きたくなった。

「……少し、考えさせてください」

「……」

「孝成さんの言いたいことは、よく、分かりました。でも、簡単に受け入れられません」

「分かった」

その日の夜はひどく冷え込んで、季節がいつの間にか秋になっていたことを知った。冬はもうすぐそこまで来ている。こんなにも時間が流れるのは早かっただろうかと疑うほどあっという間に季節は巡っていた。俺は、別れを切り出されたあと数日考えて、「ギリギリまで恋人でいたい」と情けない結論を出した。孝成さんはそれを受け入れて、小さく微笑んだ。



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