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それでもまさかそんなことを言われて普通に一日過ごせるわけもなく、講義も部活もバイトも散々な日になった。とにかく早く帰りたくて、話がしたくて、一日中ドキドキしていた。それなのに、孝成さんは朝と変わらずいつも通りの顔で俺を出迎えてお茶を出してくれた。けれど、「続き」と端的に述べて椅子に座るとその顔が少し、強ばっているのが分かった。
「孝成さん、」
「葉月がやりたかったことだから」
「……え、」
「アメリカに行きたいって、葉月がそう言ったんだよ。俺は葉月より誰より葉月のこと応援してるって、それに嘘はないから」
「それとこれと」
「聞いて」
「っ、」
「葉月が今回帰ってきてからずっと何か考えてることは気付いてた。なんとなく、アメリカ行きのことかとも思ってた。突然実家に帰ったのも。でも、何を悩む必要がって、俺に言えない理由は何だろうって、俺も考えてたんだ」
す、っと孝成さんの表情が引き締まるのがわかった。試合のときのような鋭さはないけれど、普段ボケッとしている顔と違う。真剣な顔だ。
「俺が悩みの理由なら、別れた方がいい」
「ちがっ、それは違います」
「違わないだろ」
「違います、確かに、離れるのは不安だけど…でも、俺は孝成さんが居るから」
「でも俺はついては行けないし、これからも葉月のことを近くで応援することは出来ない」
「ついてきてもらおうなんて、そんな甘いこと言わないです」
「じゃあ、いつ帰ってくる?」
「、」
「一年、二年?十年?それともそれ以上?」
「それは…」
「いつ帰ってくるかもわからない恋人をずっと待ってはいられない」
「たか─」
「いっそ全部捨てて、葉月のところに行けたら良いって思う。でもそれは出来ないから」
「離れても…大丈夫だって、思うのは…俺だけですか?」
「……ずっと考えてた」
「……」
「葉月はきっといつか遠くに行くって。バスケを辞めた時、俺はそれでも葉月のことを好きだったし、応援したかった。だから、フラれたと思ってもあの日…インターハイの決勝、葉月に会いに行った。どうしたって葉月が大事だったから。楽しそうにバスケをしてる葉月が」
「俺、は…」
「だから決めてたんだ。葉月がアメリカに行くって言った時、俺はその背中を押す。俺が葉月を躊躇わせるならきっぱり別れる。葉月の足枷にはならない、って。いつか俺のところに帰ってくるって約束は要らないから、向こうで、葉月がしたいことを、夢を、叶えてきてほしい。俺はここで見てるから」
「離れるための心構えは、ずっとしてた」孝成さんはそう言いきって、真っ直ぐ、目を逸らさないで、俺を見た。
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