20
「葉月?」
「もう大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう。葉月が救急車呼んでくれたって」
「すみません、大事にして…」
「ううん、ありがとう」
寝不足と疲れ…
それが原因だって聞きましたけど、と声になりそうになった言葉をなんとか飲み込み「今夜は帰ってきませんか」と問うた。きっと前者を言ったところで誤魔化されるのがオチだ。電話でその話はおしまい、と言われてしまったら、俺にはもう追求する術はなくなるから…
「今夜は実家に泊まるよ」
「……分かりました」
「明日、帰るから」
「はい」
「朝」
「朝?」
「味噌汁作らないと」
「いいですよそれは。しっかり休んでください」
味噌汁、と思いもしなかったワードが出てきて笑ってしまった。今朝失敗したことを悔いているのかもしれない。体調が悪かったんだからそのせいにしてしまえば良いのに。
電話の向こう、孝成さんはきっと柔らかく微笑んでいるのだろう。薄い唇の端をあげて。それを想像したら、無性に会いたくなって、今朝見たはずの彼の顔を忘れてしまいそうで、「じゃあ待ってますね」と答えた。
「でも、無理はしないでくださいよ。今朝倒れたんでから、てか、倒れたって分かってます?」
「分かってる。俺は大丈夫だから」
「全然説得力ないですよ」
「葉月こそ大丈夫?」
「はい?」
「寂しくない?」
「そういうこと言われると寂しくなるんでやめてください」
「あはは、じゃあもう切ろうか」
「はい…」
朝倒れたなんて嘘みたいに、いつも通りの声と調子で、孝成さんは「おやすみ」と一言添えて電話を切った。この部屋で一人で夜を明かすのは久しぶりかもしれない。何となく落ち着かないまま布団に潜り込み、何度も携帯をチェックしながら、結局眠りに着いたのは朝方だった。
目覚ましではなく、玄関が開き、静かに部屋に入ってきた足音と、こそりと俺の寝顔を覗く気配に。俺はうっすらと目を明け、ぼやける視界の中で孝成さんを見つけて一気に覚醒した。
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