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俺はとても順調に孝成さんと過ごせていると思っていたし、不安や不満を感じることもなかった。同じ部屋で寝て、同じように朝食をとり、同じ家に帰ってきて、毎日キスをしてたまにセックスをして、お互いにやらなければならない課題や提出のレポートを真面目にやる。俺はバスケをして孝成さんは勉強して、変化が訪れていると感じたのは二度目の夏が終わる頃だった。
大学二年の夏休み、今度は留学として手続きをしてアメリカに行った。一年前よりも長く、濃密なアメリカでの生活は、やっぱり自分にはとてもあっていたように感じた。そこで「こっちにいればいいのに」と言われたこと、決して強くはないけれど現地のチームのキャンプに呼ばれたこと、そのこともあり一度帰国して、またすぐにアメリカに発ったこと。
その間の孝成さんはどうしていたのか、キャンプから帰って来た俺には、彼がとてもしっかりした“水城孝成”に見えた。
「ご、ごみが綺麗に分別されてる…干してある靴下も左右同じ…寝癖はついてるけどTシャツは柄が表に出てる…」
「心配しすぎ。これくらい出来るって」
「すごい…」
「葉月、怒るよ」
「怒っていいですよ、怒られたいです。それくらい今感動してます」
「支離滅裂だな」
とてもしっかりしていて、頭も要領もよくて、誰が見ても完璧だと思うのに抜けてる部分が多い。そこを一部の人間しか知らず、その中でも俺は一番知っている気でいて。だからそれを“ダメな部分”とは思わないし、靴下が左右違っても全然気にしないところだって好きだ。
寝癖の一つも、冷蔵庫にお茶じゃなくて眼鏡をしまってしまうのも全部愛しくてたまらない。ただ端から見た完璧な孝成さんに、俺が知っている孝成さんが近付いていて、少し、寂しさを感じたのかもしれない。
俺が居なくてもこの人は普通に過ごして、そして生きていけるのだと、そう思うと急に不安になった。俺が傍に居ないといけない、とは思わない。けれど、一人だと困るかなとぼやいたことのあるこの人が、一人で飄々と不便なく過ごす想像をするだけで胸が痛い。
「葉月?」
憧れ続けて、好きで堪らなくなって、きっと今他の誰より孝成さんの近くに要る筈なのに…寂しくて仕方がない。ベランダに干された彼のTシャツやズボンが、綺麗にぶら下がっているのでさえ無性に胸をざわつかせた。
「疲れてるね。もう少し寝たら?」
「…いえ…」
「いえって、顔色も…」
「孝成さん」
「うん?」
「好きです」
「なに、どした?」
「言いたくなっただけです」
「俺も好きだよ」
「……」
「アメリカはさ、I love youって、日本人の好きとか愛してるより頻繁に伝えてた?」
「…さあ、そういう場面、自分には…」
「そうなの?だから好きってよく言うようになったと思ってた」
「俺、そんなに言ってます?」
「帰ってくると特に」
「気を付けます」
「気を付けなくていいよ。むしろ毎日言って」
「嫌ですよ恥ずかしい」
「アイラブユーでもいいよ」
「絶対嫌です」
孝成さんは話題を逸らすように、上手に俺を誘導して“いつも通り”の俺と孝成さんの空気を漂わせた。
俺は、「こっちにこないか」とアメリカで言われたことをまだ孝成さんには伝えられず、大学でも話をしたり手続きの流れを説明されたことも言えなかった。何より、自分が一番迷っていたのだ。
向こうの大学で卒業するにしろ、退学して単身で向こうに行くにしろ、それは今なんだろうかとか、俺はそこまでのプレイヤーなんだろうかとか。タイミングとしてはきっと遅い。本来なら大学から、いや高校から、環境を変えていた方が良かったに決まっている。それは分かっていた。
迷う原因はそれだけではなく、孝成さんと離れることへの不安もあった。三度目の帰国だったこの時は特に、ああ、俺ばかりがこの人に依存しているんだ、と思い知られたから。
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