09


自分の体が反応して熱くなっていることにはすぐに気付いた。けれど、こういうとき、孝成さんは欲求を満たすな、と言うタイプであることも分かっていて。だから、核心をつくようなキスは出来なかった。

じんわりと熱を帯びた孝成さんの唇を軽く食んでから離れると、薄暗い中でその口元が緩むのがぼんやりと見えた。

「初めて、キスした時」

「、はい」

「ああ、葉月の唇って、こんなに柔らかいんだ、って、思ったんだ」

「なんですか、突然」

「急に思い出した」

眠そうに切れ切れな言葉を紡いだ孝成さんが笑いを含んだ息を溢す。夏休みの高揚感や明日からの緊張を全て浚ってしまうように、孝成さんが「あれ、初めてだった」と艶かしく目を細めて。

「た、かなりさん、」

「うん?」

「そういうこと、今言わないで下さい…」

「ごめん、寝ようか」

「……」

「おやすみ、はづき」

たとえば、俺にとっての絶対的存在である孝成さんが、同じように俺のことを見てくれたら。何度も考えたそれは、けれど、たった一言彼の“初めて”に、なんだか流されてしまった気がした。
伏せられた瞼に唇を押し付けて自分の目も閉じると、すぐに眠りにつくことが出来た。もちろん、体には「鎮まれ」と何度も言いきかせたけれど。

翌朝、孝成さんがいつも通りの時間、大学に行くために起きて準備する気配で目を覚ました。夢も見ないで、朝までぐっすり寝たな、と妙にクリアな頭で考えてから布団をでた。

「あ、おはよう」

「おはようございます」

「起こした?」

「あ、いえ。習慣で目が覚めただけだと思います」

「そっか、良かった、行く前に起きてる顔見れて」

俺も、直前まで孝成さんと話せて良かった。なんとなくこの僅かな時間でもないまま離れてしまうのは落ち着かない気がしたのだ。

「向こう着いたら連絡して」

「はい。…あ、でも、」

「こっちは早朝、かな」

「夕方に出てフライト十時間以上で、着いても夕方、ですよね、むこう…え、そう考えると時差ぼけしそう」

「あはは、やっぱりそういうことの心配しかないんだ」

「あ…」

「朝早くてもいいから。無事に着いたってことだけ教えて」

「はい」

「あと怪我、気を付けて」

「はい」

「空港、遅れないように」

「はい」

「ん、じゃあ、」

いってらっしゃいといってきますをお互いに言い合って、昨晩と同じような軽いキスをして、俺はアメリカへ発った。




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