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去年の孝成さんもこんな気分だったのかもしれない。部室の鍵は何故かかけられておらず、一体誰が忘れたのか、と内心ハラハラした。中に誰か居れば、と一瞬思ったけれど中は無人で、冬に引退してからの二ヶ月程度では何も変わっていなかった。

「……」

壁には勝手に張り付けた去年のインターハイの写真。その横には一昨年。俺は自分でも笑えるほど嬉しそうな顔をしていて、一昨年の孝成さんを指でなぞってからそっとそれを剥がした。それから去年の写真も。今年の新入生には必要のないものだ。少し日に焼けたそれは角が曲がってしまっていた。それでも折れないように丁寧に伸ばしてから胸ポケットに押し込み、孝成さんと何度もキスを重ねた部室を出た。
この場所があったから今の自分があるなんて、大それたことを言えるような年齢ではないのかもしれない。けれど、心の底からそう思っていて、孝成さんの手を初めて握った日の事は死ぬまで覚えているのだろう。

ぞっとするほどの憧憬を、きっとこの先抱くこともなく。

戻ろう、とドアを閉めるとマナーモードにしていたはずの携帯が震え、メッセージの受信を知らせた。

「あとで少し時間もらえますか?」

“浜坂”久しぶりに彼女から連絡がきた気がする…あとで、と言われても俺は最後のホームルームが終わったらバスケの後輩と写真を撮りに玄関待機する予定で、その時でよければ…と、途中まで文字を打ったところで指を止めた。

なんて返そうか考えながら教室に戻ると、そこはまだざわついていて集まりだした保護者に紛れて自分の席についた。

「ホームルーム終わってすぐなら」

いや、なんか上から目線みたいで気分が悪い。よく考えてから、文末に「大丈夫です」と無駄に改まった文字を付け加えて送信ボタンを押した。返信はすぐに来て、「渡り廊下で待ってます」と綴られていた。教室から昇降口へ続く階段とは反対側、そっちから出ていく生徒は確かに少ないだろう。
あまり人の居ないところで話したい、ということだ。なんとなくどきりとはしたけれど、すぐに孝成さんが浮かんで口元が引き締まった。

最後のホームルームは担任が泣いてしまい、卒業証書を渡しながら告げられる送る言葉はほとんど聞き取れないものだった。

「藤代葉月」

「、はい」

「よく頑張りました」

「はい…」

「バスケの特待生で、結果も残した。勉強は大変だったかもしれないけど、一度も未提出になったり解消できないなんてこともなく、本当によく頑張ったな」

「ありがとうございます」

「これからも藤代が活躍するの、楽しみにしてる」

軽く叩かれた肩が熱い。
“これから”
未来への期待を孕んだそのたった一言。俺は返事に詰まり、一度だけ頷いた。




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