16
二日の朝、俺は地元に、孝成さんはお祖父さん達の家に帰るため、二人でアパートを後にした。部屋を出るまでにもう一度セックスをして。相当痛かったんだろう、初めてでは見えなかったその部分を間近で見ると赤くなっていた。お尻を撫でればびくりと震えるし、それにさえ泣きたくなってしまうほど。
「荷物持ちます」
「いい」
「や、でも」
「そういうのは女の子に言うんだよ」
「……そんな場面があればもちろん言いますけど」
「あ」
「はい?」
「葉月、サッカー部のマネージャーとはどうなったの」
「……はい?」
「付き合ってたんじゃないの」
「は!?えっ、ちょ、」
「その反応は正解だ」
「正解じゃないですよ!付き合ってないですし、その…告白とかも別になかったです。…はぁ、加藤ですか?」
駅のホームに、馬鹿っぽい自分の声が響く。時間はまだ随分早いけれど電車は人で混雑していて、けれど幸いに自分達の乗る電車はそこまでではなかった。孝成さんはリュックを背負い直し、「違うよ」と何でもない顔で答えた。
「えっ…まさか監督?」
「監督も知ってたの?」
「だから付き合ってないですよ。ていうか、俺ずっと孝成さんが好きだったって言いましたよね」
反論するのも恥ずかしくなり、目を逸らして「もういいです」と呟くと、孝成さんはサッカー部の先輩の名前を口にした。正直苦手な、やたら孝成さんと距離の近かったあの人か、と鮮明に思い出せた反面、どうしてあの人が…と思わずにはいられなかった。
「付き合ってるとは聞いてないけどね。仲良いって言ってたから、かまかけただけ」
「……付き合ってないです」
「うん、良かった。フラれたあとで…卒業したあとか、それから聞いたから結構ショックだった」
「…孝成さんって根に持つタイプですか?」
「俺男前なんじゃなかった?」
やっぱりどこまでも振り回されるらしい。もうこの話はおしまい、と無理矢理話題を変えようとしたらタイミングよく電車がホームに入ってきた。聞き慣れない音楽が、冷たく乾いた空気を揺らす。
向こうはもっと寒いかな、と今の話題なんて全然気にしてないみたいに話をすり替えた彼に、俺ばかりムキになっているなと反省した。
最寄り駅に着くまでもうその話にはならず、この三日と半日で自然に出来るようになった他愛もない話をした。景色が見慣れたものになり、不思議な気持ちになりながら電車を降りる。孝成さんとは迎えが来ているから、と出口で別れることになった。
「じゃあ、また」
「はい」
「俺しばらくは居るから」
「はい」
「香月ちゃんからもまたご飯食べに来てって誘われてるから、遊びに行くよ」
「えっ!?香月?え、なんで…」
「あれ、夏に連絡先交換したって言わなかったっけ?」
「聞いてないです!」
「連絡とってたわけじゃないけど、葉月がアパート来る前日によろしくお願いしますねってメッセージきて、その時に」
「はぁ〜…もー!」
「うん?」
「何でもないです。香月にはよく言ってきかせときます。香月じゃなくて俺に会いに、また遊びに来てください」
「ふふ、うん、そうする」
それまでに寮のことを親と話そう。
もしあの部屋に住むことになったら…それじゃあね、と、背中を向けられることがなくなるのか。やっぱりどう考えても魅力的だ。
遠ざかった背中は、一度こっちを振り返って軽く手を振って見えなくなった。
「いつまでそうしてんの」
「っ、香月…」
「向こうで車停めて待ってるんだけど」
「あ、香月お前孝成さんに連絡したんだって?」
「何ヵ月も気付かないとかどんなんよ。それじゃ浮気されても一生気付かないじゃん」
ほら行くよ、と腕を引かれて駅を出ると、もう孝成さんの姿は見えなかった。一面真っ白、まるで別世界の街は、いくつもの足跡をそこに残していた。
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