02
「葉月の大学も、通学するには便利な場所だよ」
「通学…」
「寮に入るつもりならその方が─」
「えっ、待ってください、それって…」
「はい、到着」
「孝成さん、」
「俺は葉月と一緒に住みたいと思ってるんだけど」
到着、と足を止めたのは到底大学生が借りるようなアパートには見えない建物の前だった。
一緒に住む、そう、物理的に、近くに居たいから。インハイの夜、俺は二度目の問いに頷いた。でもあれから一度もそういう話はしなかったし、自分からも言い出せないまま話は進んでいて。
「はい、どうぞ」
「あの」
「冷えたでしょ、入って」
「…お邪魔します」
部屋は2DKの、やっぱり大学生が一人で住むには広すぎるものだった。孝成さんらしい、無駄をすべて排除したダイニングを抜け、二つあったうちのひとつの部屋に入るとまさしく殺風景な孝成さんの空間だった。
「一人で借りてるんですか?ここ」
「んー?まあ、うん。一番上の兄が借りてて、そのまま順番に二番目の兄も借りて、今年から俺が。だから兄の荷物も少しはあるし、たまに来たりするけど、気にしなくていいよ」
「いや、でも、」
「もう一つの部屋片付けてあるし、葉月が来てくれるなら本格的に」
「……」
「急がないよ。お風呂の用意してくる」
俺の脱いだ上着と自分のコートをハンガーにかけながら、部屋を出ていった孝成さんを見送る。壁の向こうからお湯の出てくる音が聞こえ、そうか、孝成さんと二人きりなのか、と他人事のように思った。
二人きり…キスは“恋人”になってから…たぶん恋人であっているはず…もう何度もした。けれどする度にムラムラしてしまうから、俺はなるべくいつでもひけるように、と頭の隅で考えていて。 今夜は自分達以外誰も居ない、帰る必要もない。
いや、でも、今目の前にあるパイプベッドで一緒には寝られない。俺が横になったら孝成さんのスペースはないし、俺の手足もはみ出てしまいそうだ。一瞬考えた、キス以上のことはあっさり「無理だよな」と切り捨ててしまった。
「葉月、着替えはある?」
「っ、あ、はい」
「じゃあタオルだけ置いとく」
「ありがとうございます」
「あ、あと布団こっちの部屋に敷いとくね」
「えっ、自分でやりますよ」
「ううん、大丈夫。ありがとう。お風呂、もう少ししたら沸くから準備してて」
孝成さんの祖父母の家とは違う匂いが充満した部屋で、バスルームへ向かうとそこも自分の家とは違う洗剤や柔軟剤の匂いで満ちていた。孝成さんはここで生活しているのだ、と不意に感じて愛しくなったことはそっと胸にしまいこんでお湯がたまりきる前に浸かることにした。溢れてしまっては勿体ないから。
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