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「藤代〜」

廊下側、一番後ろの席。
教科書をたてて机の上に広げていた弁当箱に慌てて蓋をする。暖房の効いた教室内で、うつらうつらと頭を揺らしていた前の席の田辺が反射的に背筋を伸ばした。自分の手元に落とされた影を辿って視線を上げると、にっこり笑った担任がいた。

「授業中は我慢しような」

「はい」

「しまいなさい」

「はい」

「返事が良いのは褒めるけど。はぁ〜毎日毎日…反省してないだろ」

お腹が空くんです。と、真顔で反論したのは高校生になってすぐの頃だ。さすがに今それは言わないけれど。理由はその一つで、ベタに早弁をしている生徒が他にいないことには驚くしかない。

「藤代、昼休み指導室来なさい」

「…はい?」

「早弁のこともだけど、他にも話があるから。な?」

「……はい」

「じゃあ続きから読んで」

「……」

朝御飯を食べて朝練をして、終わったらおにぎりをひとつ。授業を二コマ受けたらもう小腹が空いて、こっそりお弁当をつまみ食い。昼休みは残りの弁当と食堂の大盛りうどん。それでも家に帰って夜ご飯を食べるまでは持たない。
今だって空腹で授業に集中なんて出来ない。それでも仕方なく弁当を片付け、指で指示された場所から文字を読み進めた。

「バスケの特待生でもな、勉強の手を抜くのはダメだ」

「はい」

「お前自分の成績見たことあるか?」

「……」

「ギリギリだからな、進級も保証してやれないくらい」

昼休み、食堂で残りの弁当と大盛りうどんを食べ、真面目に指導室に来た俺を待っていたのは、担任と孝成さんだった。なんで孝成さんまでいるのか聞いたら、たまたま先生に用事があって訪れただけらしい。

「水城、お前からも言ってやってくれ。この一年藤代の早弁と居眠りに改善が見られない」

「ちょ…孝成さんに告げ口するのは違うんじゃないですか」

「葉月」

「、はい」

「バスケ部のルールは知ってるよね」

「……」

「成績不振者は」

「…部活動の参加を認めない」

「問題行動を起こしたら」

「即退部」

「葉月にとって退部は」

「退学」

「先生、葉月も反省してるみたいですし、俺からキツく言っておきますからもういいですか」

「あんまり甘やかさないでくれよ」

「甘やかしなんてしませんよ」

ね、と怖い顔で笑った孝成さんは俺の手を引いて指導室を出た。しっかりと制服を着込んだ孝成さんは、俺を振り返ると思いきり頬をつねった。

「いひゃいれす」

「お腹が空いて我慢できなくてもその場で食べない。せめて教室出て食べること」

「はひ」

「葉月が部活出れなくなったら、みんな困るんだよ」

「…はひ」

困る、とは少し違う気がする。
うちは強い。それだけ優秀な選手も揃っているし環境も整っている。だから主要選手が一人欠けたからといって“困り”はしないだろう。むしろ喜ばれるかもしれない。それでも俺を必要としてくれる孝成さんの言葉は素直に嬉しいし、期待に応えたいとも思う。




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