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喋るのをやめると、それを待っていたみたいにセミが鳴き始めた。

「はは、ちょうど着いたね」

「……」

「葉月、ありがとう。送ってくれて」

「いえ、」

「汗かいてる。ちょっと待ってて」

「え、たか─」

家の一室は電気がついていて、そこに祖父母がいるのが見てとれる。孝成さんが中に入り、姿が見えなくなってから自転車をとめた。それからすぐに孝成さんは戻ってきて、「来て」と、俺の手を引いて玄関へ招き入れた。

「えっ、あ、」

「部屋上がってもらっても良いんだけど、何もないしここの方が涼しいから。一口くらい飲んでって」

そう言って出されたのは涼しげなグラスに注がれたお茶で、氷がひとつだけ入っていた。促されるまま小上がりになっている玄関に腰を下ろしそれを受け取る。ひやりと気持ちの良い温度のお茶を口に運び、ああ、喉が渇いていたんだなと気付いた。
何度かここまでは足を踏み入れたことがあるけれど、夜に、しかもこんな風に招き入れられたのはもちろん初めてで。

「ありがとうございます」

家の中からは僅かにテレビの音が聞こえてくるけれど、しっかり聞き取ることはできない。それよりも自分の心臓の音がうるさく、手に持ったままのグラスが揺れる。水面が小刻みに動き、それに視線を落とすとやんわりと孝成さんが俺の手を押さえた。

「揺れてた」

「緊張してるんで」

「あはは、俺もしてるよ」

「孝成さんが緊張するの、考えられないです」

「するよ、普通に。人間だし」

小さく微笑んだ孝成さんは俺の手からグラスを浚い、硬い指先でその手首を掴んだ。それだけで背中が震えるほどその感触が好きだ。たまらなく。繋がった手は孝成さんの胸に押し当てられ、その鼓動を確かめるように静かに動きを止めた。
とくんとくん、と、生きているのだから当たり前だけど俺はその音にどうしようもなく泣きたくなった。目を伏せて「ね」と溢された声が、やたらと脳みそに響く。

他人の家の玄関で、それでも触れたくて、体を傾けるとふっとまつ毛が動いて視線が持ち上がった。

「はづき、」

試合の途中でキスしたのが、もうずっと前のことの様に感じるけれど、たった数時間前の事なのか…我慢できずに噛みつくみたいなキスを自分からしたくせに、今は何も言わないで視線を絡めたまま顔を近づけるだけで恥ずかしい。胸元から肩へ手を滑らせ、そのまま首から耳の後ろへ指を伸ばし後頭部を軽く抑える。キスをする、のか…

「っ、」

上唇をするような、一瞬のキスだった。その一瞬で閉じた目を開くと、同じタイミングで孝成さんの目も開かれた。

ダメだ、この人が好きで、どうしようもない。





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