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去年の夏に交わした約束が一年越しに果たされたことに気づいたのは、美味しいと言ってたくさん食べる孝成さんを見たときだった。箸の持ち方も、口への運び方も綺麗で品があって、ああ、孝成さんは普段こうやって食事を摂るのか、なんて考えながら。

「孝成さんがそうやってたくさん食べるの、なんか新鮮です」

「あはは、そんなことないでしょ」

「…高見先輩が、孝成さんは警察犬だって言ってたんですけど、あれって…」

「高見まだそれ言ってた?」

「えっ、あ、前に…」

「警察犬って食事や睡眠をしっかり管理されて、神経を研ぎ澄まして現場に出るってイメージだからかな。俺ってそんなイメージ?」

まさに、とは答えないで言い淀むと香月が唇の端にタレを付けたまま「タカナリさんシェパードっぽいと思ってた」と口を挟んだ。
香月だけでなく両親も孝成さんのことはよく知っているし、母親に関しては俺や香月が人を連れてくることを喜ぶタイプだから全く違和感無く一緒に食べているけれど、これはまあまあ貴重な時間だ。
すっかり日が沈んでも、真夏の夜は蒸し暑い。部屋と街灯にプラスして簡易のライトで照らされた庭は、余計に温度が高く感じられた。

「シェパードかあ…」と、その姿を思い浮かべる素振りをした孝成さんは、それから箸を置いてそろそろ満腹だと言う様に両手を上げて伸びをした。その背後では網を鉄板に変えて焼きそばが作られ始めていた。

「孝成さん、今日どうするんですか」

「え?」

「この後、」

「ああ、こっちの家に帰るよ。久しぶりに」

ああ、祖父母の家か、と頷きながらこのまま泊まってくれれば良いのに、なんてことを一瞬思った。でもまだ頭の中は混乱していて、好きだと言ったところで態度の変わらない孝成さんを見ていると全部夢なのでは、と不安になる。
そうか、あれは幻か、と。どうしようもなく漠然と。

「葉月送ってきなよ」

「え、」

「そうだね、送ってもらおうかな」

「えっ、あ、もちろんいいですけど、」

香月に見えないように指先を俺の手の甲に擦りつけた孝成さんは「ありがとう」と、綺麗な顔で微笑んだ。ずっと綺麗だと思ってたけど、こんな風だったっけ…どきりと跳ねた心臓に落ち着け落ち着けと言い聞かせ、焼きそばを押し込んだ。

孝成さんを送るからと家を出たのは九時を少し回ってからだった。夏休みの夜、だ。なんだか急にそんなことを感じたのは、一年中バスケに夢中になっていると、あっという間に時間が過ぎてしまうからだろう。暑い寒いくらいしか感じないまま、高校最後の夏が終わりに向かっている。
自転車をひく俺の横で、孝成さんは「こっちは涼しいね」と笑っている。大して涼しくはないと思うけれど、比べる対象も思い浮かばずそうですかねと曖昧に答えた。

「葉月、」

「はい」

「話したいこと、たくさんあるんじゃなかった?」

「えっ、あ、ります…」

「話してよ」

穏やかな声だ。
街灯に照らされる横顔から視線を逸らし俺が彼に話したのは、孝成さんのことが好きだったこと、孝成さんが居なくなってからのこと、インターハイのこと、高見先輩から聞いていた孝成さんのこと、そしてこれからのこと。一つずつ、言葉を選びながら。全てを話し終えるのと、孝成さんの家に着くのはほとんど同時で、足を止めた瞬間に別れの空気が流れた。




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