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その日、バスに乗り込むまで孝成さんを探したけれど見つからず、結局学校に戻って解散してから孝成さんに電話を掛けた。あんなに躊躇っていたたった一つの通話ボタンをあっさり押して。

「はい」

電話に出たのは聞き慣れた声だった。胸がさわついて、「早く帰っておいで、待ってるから」と、意味深に吐かれた言葉の後声の余韻を飲み込むように接続が絶える虚しい音が響いた。

「……え」

「葉月ー?帰んねぇの」

「……」

「おーい、」

「帰る」

「えっ、おい、え、」

三年生の最後の挨拶もそこそこに自転車にまたがり、自宅までの道を急いだ。今朝気合いを入れて出てきた自宅を前に、震える手で玄関を開けると礼儀正しく揃った見知らぬ靴がこっちを向いていた。

「まじかよ…」

バタバタと靴を脱いで荷物を落として家に上がると、俺の帰宅に気づいた香月が「あっ、おかえり!お疲れおめでとう〜」と言いながら駆け寄ってきてここ何日か恒例のハグをくれた。それどころじゃないからと言いながら、抱き付いてきた香月を片手で抱っこしてリビングに入る。
カウンターキッチンに合わせて置かれた食卓に座り、サラダを取り分けるその人に脱力して香月を落とすとやっと彼は視線を上げて「おかえり」と言った。

「待って、なんで…」

「ただいまは?」

「え…あ、はい、ただいま…じゃなくて。何で居るんですか。えっ、俺待っててくださいって言いましたよね」

「うん、だから、待ってたよ」

「いやなんでうちに居るんですか。良いですけど、良いんですけど、普通体育館で待ってません?」

孝成さんはさっき体育館で見たままの服装で、テーブルに並んだバットやパックを視線で追ってから「夕食誘われたから」と悪びれた様子もなく笑った。

「も〜」

「もーじゃないから、めっちゃ痛いんだけど」

「つーかお前が電話出るから慌てて帰ってきたんだよ!」

「だってタカナリさんお肉切ってて出れなかったから」

ついさっき電話を掛けた“水城孝成”の番号。けれど聞こえてきたのは聞き慣れた香月の声で。本当に、家に来るのは全然構わないけれど、先に言っておいてくれないと困る。俺の心の準備が出来てない。
自転車を思いきり漕いできたから疲れているのか、緊張してドキドキしているのか、優勝の高揚感なのか全然分からない。

「あーもう、また、居なくなったらどうしようとか思ってた俺が可哀想」

「はあ?何言ってんの」

「はぁ、もういいよ何でも。なに、今日焼き肉?」

「うん。庭でバーベキュー」

リビングから見える中庭では、父親と母親が二人で炭に火を着けていた。お腹は空いているけれど、なんとなく胸が一杯で嬉しさは薄い。それでも「俺バーベキュー初めて」と、意外な反応を見せた孝成さんにぐう、と腹の虫が鳴いた。




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