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「おー、やっと戻ってきた」

「ごめん」

「なかなか戻ってこないから心配してたぞ」

「大丈夫」

加藤はどうとったかわからないけど、それでもそれ以上は問わず、豊峯も「良かった」と一言ですぐにこの後のゲームについて二言ほど発言しただけ。

「藤代からは何かある?」

「俺?あーえっと、」

「時間ねぇからひっぱんな」

「加藤煩い」

豊峯に軽く肩を叩かれた加藤を一瞥してから全員の顔を順番に見て、浮かんだのは俺も一言で。「そうだな…“勝つよ”、かな」と、孝成さんがよく口にしていた言葉だった。
後半、第3クォーターが始まる寸前に豊峯の手が俺の腕をひいた。

「、どうした?」

「足は?大丈夫?」

「足…あー、平気」

「痛めたように見えたから」

「少し。でももうひいた」

「そうか」

「ありがとな」

「え?」

「よく見ててくれて」

勝とうな、と手をグーにして翳すと豊峯の手も同じ形になってコツンと小気味良い音をたててぶつけられた。コートに入ってから客席を眺めて、孝成さんを見つけて、心が躍った。これは単純に“浮かれている”だけだけど、自分の意識ひとつでゲームの空気や流れの感じ方も変わることを試合開始の笛が鳴ってからすぐに分かった。

豊峯に身を任せて、チームメイトを頼って。前半なかなか点数が入っていかなったのが嘘のように、シュートが気持ちよくゴールへ集まる。そうだ、簡単に、この瞬間はいつだって楽しい。

「深丘、」

「っ、はい!」

「よし、そのまま走れ!」

タイマーの時間が正しくカウントされていく。ゴールが決まる度、体育館内には大きな歓声が響き渡る。照明が揺れそうなほど、大きな。一年に一度のインターハイ、ここでほとんどの高校三年生が引退する、そんな場所なのだ。例えこの後冬まで部に残っても、引退して大学のバスケ部や実業団に進んでも、この“高校最後”ほど特別な試合はない気がする。

孝成さんは去年、こんな感覚でここに立っていたのか。こんなにも眩しかったのか。
心地良い、豊峯のパスが気持ちよく通る。俺の欲しいところ、豊峯の狙う場所、確実に。本当に気持ちが良く、孝成さんが引退してから一年経って漸く築けたこの関係が、今日で終わりだと思うとひどく寂しい。
それでも、今この瞬間豊峯も同じことを感じてくれていたら、無駄じゃないと思える。

3クォーターが終わった時点で同点。そこからは本当にあっという間だった。たった十分。最後のブザーが鳴った瞬間、俺は感極まって泣いて、コートに雪崩れ込んできた仲間に揉みくちゃにされた。

「はは、悔しい」と、前橋は泣きそうな顔で笑い、最後に交わした握手に彼の目からボロボロと涙が落ちた。負けたら悔しい、次勝つ為にまた練習する。それが、今の俺たちには簡単に言えない言葉だから。

「前橋、」

「なに?」

「…楽しかった」

「……おう、俺も」

「ん、また」

インターハイ優勝、高校最後の夏が終わった。
去年の孝成さんは、どんな顔をしていただろう。俺はそれを思い浮かべて、また泣いてしまった。




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