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「現役中にはどうしても言えなかった。葉月を変に惑わせたくなくて。でも引退したら、国体や合宿が落ち着いたら、ウィンターカップが終わったら、って考えてるうちに、言えないまま卒業式が来て…まあ、あっさり振られたけどね」

「振ってないです!!」

「でも、それでいいと思ったんだ。俺は絶対に大学に受からなきゃいけないし、葉月だって大事な時期で、俺なんかが振り回しちゃいけない。そう思ったら、俺の個人的な執着で、葉月を迷わせるのも悩ませるのも望んでないなって」

「振ってないですってば」

「いいから、それは。俺も分かりにくかったから、ね、ほらもう泣くなって」

「あの、俺今からちゃんと告白するんで、聞いてください」

とん、と胸に孝成さんの拳が当たる。
ゆったりとしたTシャツから覗く首元、二の腕、肘、しっかりと引き締まって無駄のない体のライン。

好きと、それから何を言いたいんだろうか。俺は孝成さんが好きで、孝成さんが居ないことが寂しくて辛くて悲しくて…でも、好き同士になれたところで何か変わるのか…孝成さん的に言えばそれこそ“物理的”な距離は変わらない。それとも好き同士になればそんなもの関係なくなるのだろうか。
募らせた思いを、ゆっくりゆっくり噛み砕いて結局出てきた言葉は「好きです」のたった一言。憧れていたのは事実なのに、焦がれ続けた結果がその一言、なんて。

やっと伝えた気持ちは、とびきり優しい微笑みをくれた孝成さんにきちんと伝わったはずだ。

「葉月がキスしてくれたら、答える」

「いいんですか?」

「なにが」

「その、しても…」

「葉月からしてもらったことないからね」

「そっ、それは…孝成さんが嫌がったから」

「嫌だったら自分からもしないよ」

「ええっ、でも、」

「二年前、インターハイが終わったとき我慢できなかった。高見から聞いてると思うけど、試合前はなるべく抑えてるんだ、いろんなこと。だから、負けて終わって、葉月が悲しそうにしてるの見たら、頭が理解するより先に体が動いてた」

「……」

「葉月が俺のことを何も言わないで受け入れてくれて良かったよ。あの時拒絶されてたら俺はそこでバスケをやめてたかもしれない」

「孝成さん、」

「嫌がったつもりはないけど、そう取られる態度をとってたならごめん。結局俺は、葉月のこと離しきれ─」

「キス、するんで…黙ってください」

げんきんなやつだ。
少しでも希望が見えた瞬間浮かれて、キスしてなんて言われて浮き足だって。
孝成さんの滑らかな頬を両手で包んで上を向かせると眼鏡がかたりと動いた。レンズ一枚隔てた向こうにある瞳に自分が移るのを、ひどく久しぶりに見た。最後にキスをしたのはいつだったっけ…もう、随分昔の事だった気がする。
く、と孝成さんの顎が小さく震え、目が伏せられた。

「あの、止めるなら、今ですよ…?」

「俺がしてって言ったのになんで止める必要があるの」

綺麗な人だ。
柔らかさのない頬が、それでも自分の手にぴたりとくっつく感触がたまらなく気持ち良い。控え室で、みんなが待っているのでは、と一瞬過った考えに体が急いて急速に距離を詰める。もう一度、確認をしようとした口を閉ざしてそのまま唇を寄せた。




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