25
気持ち、細くなったように感じる手首を掴んでトイレに連れ込み個室のドアを閉める。
「っ、は、づき…葉月!」
孝成さんは目を大きくして俺を見上げ、 「どうしたの」と僅かに震えた声で問うた。
孝成さんだ。何から言葉にしよう。
頭の中でぐるぐるといろんなことを考え、眉を寄せて黙り込む俺を孝成さんはそれ以上何も言わないで待っていてくれた。人の出入りが少ないトイレで、誰の足音も声もしない狭く窮屈な空間で、やっと絞り出せた自分の声はとても情けないものだった。
「抱き締めてください」
顔を寄せて額を合わせてそう溢した俺はゆっくり目を伏せた。孝成さんをドアに押し付けていた震える手を離し、まるで試すみたいに。
鼓動が再びうるさくなっている。煩わしい。孝成さんの声を聞き逃してしまいそうなほどうるさい。
「葉月、」
「俺、孝成さんに…言いたかったことが、あって」
「葉月待って」
「分かってます。もう戻るから、これだけ…聞いてください」
伏せていた目を開けると、真っ直ぐに俺を見る孝成さんがいた。試合中の鋭い眼差しとは違う、けれど確かに孝成さんの目だ。
この試合、ワンマンプレーでは勝てない。俺が一人無理矢理なプレーを続けたらすぐに交代になるだろう。何度も何度も言い聞かせて、試合が終わってからこの人のことを考えるように意識して、でも、意識している時点で忘れられていないのだと思い知る。
「去年、インターハイのあと…俺、孝成さんに」
滲んだ視界で、ずっと言えなかったたった一言を声にして二人きりの空間に落とすと、止まっていた時間がやっと少し、動きだした気がした。
「好きって─」
「違うよ」
「…は?」
「違う。だったらどうして…」
「孝成さん、」
「追いかけてこないんだよ」
表情や声に怒りを表さない孝成さんが、それを孕んだ言葉を俺に向けた。
「バスケをやめた俺を、要らないって思ったのは葉月だろ。なのに今更、それを俺に言ってどうするつもり」
「要らないって…俺そんなこと一言も」
「卒業式の日、葉月は頷かなかった」
「え…」
「俺のとこには来ないって。首を振ったから…」
「待って、待ってください、それ、」
「俺はずっと葉月が特別可愛いと思ってたよ」
「孝成さん、聞いて…俺、行かない、じゃなくて、まだ追い付けないから簡単に頷けなかっただけで…」
「だから違う、そうじゃない」
「じゃあ」
「物理的に、俺のところに来ればいいのに、ってそういう意味で言ったんだ」
「ぶつり…てき…」
「振ったのは葉月だよ。バスケをやめた俺はもう要らないって。そういうことだと思ったら俺から連絡も出来なかったし、悪戯に、葉月を振り回しちゃいけなかったって」
「っ、ばっ馬鹿なこと言わないで下さい!!」
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