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ハーフタイム、ロッカールームへ移動するよう豊峯の声がかかり、それを聞きながら俺は視線をさ迷わせた。ばくばくと、緊張や焦りとは違う激しい動悸に目眩がする。それに気づいた加藤は大丈夫かと俺の顔を覗き込んだ。

「来てる」

「はあ?誰が」

「声がした」

「声って…どこから?」

「ギャラリー」

「…はぁ〜…重症じゃねぇか。顔でも洗ってこいよ。トヨには言っとくから」

さらりと、背中を手が滑った。言いながら、それでも加藤は呆れた風ではない。
俺はぞろぞろと通路を進んでいくチームメイトの群れから逸れ、アリーナのドアまで戻った。広いギャラリーを見上げてももちろんその人を見つけることは困難で、自分達の応援が固まった場所を目を凝らして見つめた。けれど探している人の姿はない。
見慣れた背中は、たくさんの人の中にいたってすぐに見つけることが出来たはずなのに。ぐるりと体育館全体を眺め、通路に出てロッカールームとは反対の方へ足を進める。

苦しい。
こんなに格好悪い、褒めてもらった頃よりずっと情けない姿を見られたくない。それでも、声を聞いた瞬間全身が震えた。

「葉月!」

コートの中で誰よりも真っ直ぐ強く、正しい声だ。好きな人の、声。

「っ、あ…」

「何してるんだよ、ロッカールームもど─」

たった四ヶ月ほど。選手や審判、オフィシャル以外はほとんど人が出入りしない通路で、その姿はあまりにも不釣り合いだった。少しゆったりとしたTシャツに、黒のパンツ。ふわりと揺れた髪に新調したらしい初めて見る眼鏡をかけて、肩を大きく揺らしたその人はもう一度ゆっくり、俺の名前を呼んだ。

「葉月」

「た、か…なりさん、」

「足は」

「、え?」

「足。捻っただろ」

「えっ、あ…」

まるで、いつもの「おはよう」の続きみたいに。孝成さんは俺に歩み寄って足元に膝をついた。

「っ、孝成さん、」

「良かった、腫れてはないね…はぁ〜…良かっ、た」

「あの、」

「最後まで見てるから」

控え室行きな、と立ち上がって視線をあげた孝成さんと、久しぶりに視線が絡む。それだけでばくばくとうるさかった心臓がしん、と静かになった。息が止まる。今、声を出したらダメな気がする…

「はづ、」

記憶の中の孝成さんと同じ。
大学生になったからって派手になったわけでもなく、相変わらず落ち着いていて、眼鏡のレンズには指紋がついていて、ズボンのポケットに押し込まれた携帯は窮屈そうに少しはみ出ていて、「葉月」と、もう一度名前を呼ばれた瞬間ぷつりと頭の中で音がした。




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