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去年とは違う緊張感、ピンと張りつめていたそれが僅かに震え、小さく緩んだ気がした。その瞬間圧倒的な観客の多さにはっ、と気付き、緊張とは違う高鳴りを感じた。決勝に残った学校の応援、この試合を見るために残った県外のチーム、記録するために回されるカメラ、インターハイの結果を取り上げるための記者、たくさんのざわめきが小さくこだます体育館で、最後の試合のブザーが鳴る。

「あ…」

「なに、トイレ?行き忘れた?」

「いや…なんでもない」

「なんだよ、あ、ほら、葉月!握手しろって」

足が震えている。楽しめば良い、そう言われた筈なのに…いいのだろうか、今日もそれで。それで勝てるだろうか…
急に押し寄せてきた不安を振り払うように「ジャンプボール!!」と加藤が耳元で叫んだ。俺は慌ててラインに立ち、一つ深呼吸をしてから相手の目を見た。勝ちたい、と強く望んでいるのがその瞳から読み取れそうなほど、しっかりとした眼差し。

「俺も、勝ちたいな」

「、あ」

宙に浮いたボールを軽く押し、視界に入っていた豊峯へとそれを落とした。悪くない感触。着地した足はもう震えていない。勝てる。
俺のその直感は、見事に外れて前半残り一分を切ったところで29-40という、焦りを覚える展開になっていた。

「葉月!!ボール回せ!!」

「ふじ、」

ワンマンプレーの自覚をしながら、それでも点数をとらなければという焦りに意識が向き、リバウンドから無理矢理シュートを打った。それは残念な形でリングに弾かれ、俺はバランスを崩して床に倒れた。
ピッ、と審判の笛でタイマーが止まる。

「藤代!?大丈夫か」

「ああ、大丈夫」

「痛めてない?」

腕を引かれて立ち上がると、少し、ほんの少しだけ足首が痛んだ。捻挫するほどではなかっただろ、と自分に言い聞かせ「平気」とだけ返す。その痛みが、熱くなっていた頭を冷やしてくれたのか、ただの寒気だったのか、それでも一気に自分のプレーへの悔いが見えた。ああ、情けない。泣きそうだ。胸がいっぱいになって溢れてくる涙にはほど遠い、悔しさの涙だ。

審判が俺を見てゲームの続行を告げる笛を鳴らした時だった。

「葉月!」

はづき。
良く通る、強く柔らかい声。

「っ、」

「葉月お前、…おい、葉月?」

「、今…」

「加藤戻れ!」

これだけ多くの歓声が飛び交うの中、特定の人物の声を見つける能力など俺にはない。香月の甲高い聞き慣れた声は希に分かる時がある、けれど…

「葉月!お前も戻れ!!」

応援の声、ベンチからの指示、コート上の叫び声と足音、ボールの弾む振動、それを掻き分けてクリアに聞こえたそれは、聞き間違えるはずのない、あの声だ。

「はづ…おいおい、ま、じかよ」

素早く切り返した瞬間足首に一度だけ痛みが走ったけれど、次の一歩を出す頃にはもう消えていた。豊峯がカットに成功し、前に出そうとしていたパスをもらおうと軽く手を翳すと、迷い無く自分の手にぶつかった。
気持ちいい、ぴたりと呼吸が重なる感覚だ。
そのまま丁寧にボールを放つとゴールネットがバサリと揺れ、2クォーターが終わった。




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