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家に帰ると既に部活を引退した香月がアイス片手に駆け寄ってきて熱い抱擁を交わしてくれた。この数週間でバスケから離れた香月は、それでもランニングやストバスには時間が合えば付き合ってくれている。
「お疲れ〜」
「ばか、アイスついた」
「しょっぱなショボづきすぎてどうなるかと思ったけど後半は良かったね」
「うるせーよ」
「あ、先輩見に来てたでしょ」
「えっ、」
「ほら、あの大きい人。…タカミー!」
「……本人の前でそんな生意気な呼び方すんなよ」
先輩、と聞いて真っ先に浮かんだ人の顔はすぐに香月の声にかき消された。
高見先輩も自分の部活はいいのか疑問だけど、応援に来てくれていたことは知っている。さすがに話をするタイミングはなかったしけど、行けたら行くと言われていたから驚きはしなかった。
「タカミーも気づいてくれて、妹かーって声かけてくれたよ」
「余計なこと喋ってんなよ」
「葉月どうかなーって心配してただけ。あ、アイス食べる?」
「いらねーよ」
「ふーん。前はあんなに我慢してたのにね」
「……」
「意外とダメって抑圧されてない方が欲が沸かないとか」
「抑圧ってな」
「なんでタカナリさんに連絡しないの」
「はあ?」
「タカミーが葉月からの連絡タカナリさん待ってるって」
「まじで何の話してんだか…」
「意地張ってないでしたらいいのに」
「別に張ってない。ただ…」
「ただ、なに?」
待ってる…孝成さんが?まさか。
連絡するかしないか、俺に判断を任せておきながら…
「今は自分の試合に集中してんだよ」
「はー、そっか」
「…お前、廊下拭いとけよ。すっげー垂れてるから」
「えっ!うわ、あ、踏んだ!最悪」
「自業自得だろ」
「あ、葉月!」
「なんだよまだなんかあんの」
「明日も応援行くから」
「はいはい」
「絶対勝ってね、決勝まで予定入れてないから。葉月が負けたら予定なくなって暇だし」
「勉強しろ馬鹿」
用意されていた夕食は「夏は揚げ物しない」宣言をしているはずの母親が無理をして作ったとんかつだった。
そう言えば孝成さんに管理されて居た頃と生活はほとんど変わっていない。もう、しみついてしまったのだ。アイスやお菓子への欲も薄くなったし、自分でも冷静に気を付けている部分がある。日常生活の至るところにある孝成さんの痕跡は、この先も消えることなく俺の中にあり続けるんだろう。
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