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まだ春が終わらないうちに始まったインターハイの予選。順調に勝ち進む中、高見先輩が試合を見に来てくれた。大学では期待の新人扱いだけど、どこをとっても“新人”という表現は合わない気がする。

「高見先輩」

「お疲れ、順調じゃねぇか」

「ありがとうございます」

「なんか吹っ切れた?」

「俺ですか?」

「うん」

「特に…」

「すっきりした顔してるぞ」

「勝ってますからね」

「まだ不調だったら活入れてやろうと思ってたけど」

「やめてくださいよ」

少し髪が伸びた以外、高見先輩に変わったところはなかった。ただ、制服やジャージ姿でないと背が高すぎて余計目に立つ。「葉月背伸びた?」なんて笑って問いながら、それでもまだ高見先輩には届いていない。

「ま、元気そうで良かったわ」

「高見先輩も」

「試合も安心して見れそうだし」

「去年三冠とったのが大きかったと思います」

「……あいつも、元気にしてるぞ」

「……そう、ですか」

誰のことですか、と聞く必要はなかった。ただ、ああこの人は今でも“あいつ”と連絡をとれているのか、と傷付きはした。

「そうだ、孝成さ、携帯変えたんだよ」

「……」

「お前電話とかしてない?受験に専念するって去年…いつだったかな、電源落としたままにしてて。でも持ち歩いてて水道で落として壊したんだよ。で、大学受かってから買い換えたって言ってて…」

高見先輩はズボンの後ろポケットから彼の手には不釣り合いなほど小さく見えるスマホを取りだし、「教えとくわ、孝成の番号」と何でもないように言った。加藤のちゃかしで知ることになった孝成さんの連絡先が変わったこと、俺は情けないほどショックを受けた。だからその申し出は嬉しいはずなのに…どうしてか一瞬躊躇い、慣れた手つきで携帯を操作する高見先輩に返事は出なかった。

「葉月に送っといたから」

「、はい」

「忙しそうだけど、返事くらいは来ると思うし連絡してみれば」

「……」

「何、あんまり嬉しそうじゃないけど」

「あ、いえ、良いんですかね、気安く連絡して」

「はあ?いいだろ、アイツも今日誘ったんだけど来れなかったから、葉月に番号教えといてって言われたんだし」

今時、連絡先くらいいくらでも人伝いに聞けてしまう。現に、携帯が壊れても高見先輩とは連絡をとっている。俺はどうしたって、可愛い後輩でしか居られない、のだ。

「じゃあ残りも頑張れよ」

「はい」

「時間合ったらインハイも見に行くから」

「う、そんな時間ありますか?高見先輩の方が大変そうですけど」

「高校の頃よりはましだよ」

「そうなんだ…」

「葉月も来るなら大歓迎だけど」

「嫌ですよ、また高見先輩の影に隠れるの」

「お、言うな〜」

カラカラと笑う先輩と別れたあと、鞄に押し込んでいた携帯を引っ張り出した。新着メッセージには高見先輩からの連絡先を送信しましたの文字。“水城孝成”電話帳の中の、もう繋がることのないその名前を何度も眺めた。でも、この番号なら繋がる…
そう思うと手が震えて、結局、連絡することは出来なかった。もし用事があるなら高見先輩から俺の番号を聞いて、孝成さんから連絡してくることだって出来る。俺は、多分、それを望んでいる。親指ひとつで孝成さんの声を聞けるチャンスを、まだここでは使えない。

早く俺のとこまで来たら良い、孝成さんの最後の言葉に俺はまだ届いていないから。あの人の領域をまだ、見れていないから。そんなたくさんの言い訳をする自分にまた嫌気がさして、送られてきた番号を登録しないで携帯をしまった。
まずはインターハイを勝たないといけない。連絡するとしたらその後だ。




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