09


今年最初の練習を五時に終え、俺はそのまま孝成さんの家にお邪魔した。部室を閉める直前にキスをねだられたけれど、それは一瞬のものだった。一瞬、唇同士が掠れただけのそれに、目の奥が熱くなったのは俺だけで…孝成さんはにこりと笑って部室を出た。

赤くなった鼻をマフラーに埋め、手袋をした孝成さんは軽い足取りで俺の半歩前を歩く。柔らかそうな髪は湿気で少し跳ねていて、それが揺れるのを見ながら俺も進む。

「はは、見て、可愛い雪だるま」

「ほんとだ。朝はなかったですね」

「俺も横に作って置いとこ」

夜の間に結構降ったらしい。全然知らなかった俺は今朝香月に叩き起こされて雪が積もっていることを知ったし、実際カーテンをあけてから想像以上の積雪に驚いた。

「孝成さん」

「んー」

「手、冷えるからやめてください」

「大丈夫だよ、すぐ家だし」

孝成さんは家の塀や子供の手の届かない少し高いところに積もった雪をかき集め、縁石に並ぶ小さな雪だるまの前にしゃがみこんだ。器用に小さな雪玉を二つ作り、まるで最初からそこにあったみたいに雪だるまを追加した。
普段大人びた態度をとっている分、そんな些細な無邪気さに脳みそがくらりと揺れる。

「うん、可愛い」

「手袋濡れてません?」

「少し。干しとけば明日には乾くよ」

家に入る直前、俺が自転車をとめるのを横目に手袋を外した孝成さんは赤くなった手でそれを叩いた。僅かについていた雪が足元に落ちたのを目で追ってから、「はい、どうぞ」と俺を玄関に通した。
孝成さんのおばあちゃんは“おばあちゃん”と呼ぶのが失礼なくらい若々しくて、けれど落ち着いた雰囲気の人だ。家には数回あがらせてもらったことがあるけれど、玄関から既に品の良い匂いと空気が漂っていて緊張する。

「お邪魔します」

「部屋上がってて。あと暖房も」

「はい」

孝成さんの部屋はこたつ机とパイプベッドがあるだけのシンプルな部屋だ。部屋の片隅に置かれた本棚には分厚い参考書や難しい単語の並んだ本がびっしりたてられている。仮の住まい、というのが一目で分かるこの部屋は、それでも孝成さんの生活している気配がちゃんとある。
ちゃんとこたつ布団のかけられた机の横に鞄を下ろし、エアコンのスイッチを入れてブレザーを脱ぐ。部活だけでも行きと帰りは制服でないといけないという規則にももうすっかり慣れた。
こたつもコンセントをさし、中に手を入れたところで孝成さんがきた。

「着替えなくて良いんですか」

「いいよ。どうせお風呂入るときに着替えるし」

洗濯物が増えるからと笑った彼は机に二人分の飲み物を置いて俺の隣に座った。コンタクトから眼鏡に変わっている。

「葉月、ブレザーかして。かけとく」

「あ、すみません」

お願いしますと渡すと、氷のように冷たい手が触れて思わず握ってしまった。

「あはは、葉月の手温かい」

「これ冷たすぎですよ」

「そう?寒かったから。すぐ温かくなるよ」

「あんまり冷やさないで下さい」

「はい」

ごめんなさいとわざとらしく言いながら笑った孝成さんは、俺の手をにぎにぎしながら「大きい手だよね」と指を絡めた。こういうことを平気でしてしまうあたり、俺は心配で仕方がない。

「たか─」

「好きだな、葉月の手」

「えっ」

「バスケット選手の手」

「……それは、孝成さんも同じですよ」

「俺は葉月の大きくて硬い手が好きだけど。指先の皮が分厚いのとか、関節がちょっと太い指とか」

するすると絡まった指先が擦れる。
これで無意識というか無自覚というか…誘惑しているとしか思えない俺は邪念を払うようにゆっくりその指をほどく。

「勉強、お願いします」

「はい。ペンある?」

「持ってきました」

俺が課題を広げる横で、孝成さんは俺のブレザーをハンガーにかけてくれた。




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