11
「はーづーきー」
「……」
「うっわ、不細工すぎ」
「お前もな」
「はあ?なに、喧嘩うってんの」
「男かと思った」
「似合う?思いきって切っちゃった」
「透にフラレた?」
「うん」
「ふーん…て、は?」
「フラれたよ。香月のことは弟みたいに思ってるからって」
春休み、地獄の合宿、新学期、新入部員、季節はやっと迎えた春を、もうすでに立ち去ろうとしている。
洗面所の鏡越し、映った香月は肩にギリギリ付かないほどの長さに髪を切り、まるで別人のようになっていた。
「なに、まじだったの」
「双子なのにそんなことも分かんないの」
「分かるわけないだろ」
あっけらかんと「フラれた」と言える香月を歯ブラシをくわえたまま振り返る。見慣れた制服が、なんだか知らないものに見える。ずっと長かった髪を、フラれたからと切ってしまえるのか…と、兄弟ながら心配になった。
「わたしは葉月がタカナリさんのこと好きだったの知ってたよ」
「っ、ゴホッ」
「もー汚い」
「香月が変なこと言うからだろ」
噎せたついでにもう歯磨きは終わりにして口をゆすぐと、鏡の中で香月と視線がぶつかる。
「何だよ」
「葉月がタカナリさんのこと好きで、失恋したみたいだったから」
「はあ?」
「わたしも失恋してやるかなって」
「なんでそこ上から目線なんだよ」
「フラれること分かってたし。葉月だけ悲しいの可哀想だったから」
「お前なあ、」
「タカナリさんも、葉月のこと好きだと思ってたんだけど…あの人やっぱり分かんないね」
噂で、孝成さんは無事志望校に合格したと聞いた。俺が頑張ったところで、到底入れないような、有名な大学だった。式の後以降、俺から連絡は一度もしていないけれど、加藤が俺をちゃかして電話をかけた数日前「現在使われておりません」と、番号が変わったことを知った。
そうか、もう連絡も取れないのかと、未だ立ち直れていない俺はとどめを刺された。
「フラれてねぇよ」
「嘘」
「告ってねぇから」
「告白しないうちにフラれたの」
「……」
「葉月の顔見たら分かるよ」
「顔に出てた?」
「うーん、なんだろ、やっぱ双子だからだよ」
「二卵性だけどな」
瓜二つ、そっくりなのは一卵性双生児だ。俺と香月は二卵性、しかも男と女。好きな色はと聞かれて声を合わせて同じ色を答えられるような双子ではない。それでも見抜かれているのだから、あまり馬鹿にも出来ず。
「言う前に終わった、ってとこ」
「タカナリさんって敏感そうだから避けたんだって、思えるよね」
「どうだろうな。あの人バスケ以外のことに関しては鈍感のすっとこどっこいだからな」
「なにそれ」
「なんでもねぇよ。とりあえず透にフラれたのは可哀想だからこれやるよ」
「……なにこれ!いらない!」
ん、と手渡したのは使用済みのタオルだ。香月はそれを乱暴に洗濯かごに押し込んでジャバジャバと顔を洗った。
双子揃って失恋か、さすが双子。と、唯一笑ってくれそうなのは透と加藤…いや、加藤だけだなと、時間を確認して家を出た。
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