10


「孝成さん、最後に、一つ…聞いても良いですか」

「…なに?」

「…もし、バスケを続けるなら、孝成さんはどうしますか」

「え?」

「インカレで優勝、とか…指導者、とか」

「インカレ…俺は、目指さない、かな…やるなら、そうだな…アメリカに行ってみるとか、子供に教えるとか」

高見先輩とは違う答えだった。
違う人間なんだから当たり前で、でも、その未来は孝成さんを待っていない。それを、本人が一番分かっているから潔く退いたのだ。

「身体能力の限界とか、センスとか才能とか、いろんなもの排除しても、俺は自分の限界以上にはなれないから。自分が勝つより、誰かを勝たせたり、純粋に楽しむ側で居たい、かな」

「……」

「葉月にはまだ時間があるんだから、ゆっくり考えれば良い。俺はずっと応援してる」

「孝成さん…」

「ほら、もう泣くなって。教室戻れないよ」

「い、……で、」

「ん?」

「行かないで、下さい」

「…うん、まだ、ここにいるよ。葉月が泣き止むまで」

クリーニングのタグが、ついていた。
ブレザーの首のところに。ああ、孝成さんだ。俺の好きな人だ。抱き締めて、背中を撫でてくれる手の感触を、俺はずっと忘れないのだろう。
高見先輩にこの事を聞いてからずっと不調で、孝成さんはそれを「じゃあ、その不調乗りきったら葉月はもっと強くなれるな」と、泣きそうな顔で笑ってくれた。

涙が止まってから、ありがとうございましたと頭を下げた俺に孝成さんはテーピングをくれた。ここに置きっぱなしにしていた、唯一の私物。備品に紛れていたそれを、彼は“忘れ物”の言葉通りとりにきていたのだ。
俺はそれを見てまた泣きそうになって、でも、咎めた孝成さんの手にそれは押し込まれてしまった。硬い指先が、頬を撫でて。

決して大きくはない体で、けれどコートの中で一番強くあった。圧倒的に動きも、指示も、読みも、全てが早くて的確で、凛としていた。実際に目の前にして、触れてみると硬くて、聡明で、イメージ通りの文武両道で、それなのに一人で着替えも満足に出来ないとぼけた人だった。

「早く、俺のとこまでこれば良いのに」

「……え、?」

桜が咲くのを孝成さんともう一度見たかった。彼の祖父母の家までの帰り道、桜並木が続くあの道を、花びらをぺたりと額に付けたまま話をする彼を、まだ見ていたかった。
俺のところ、とは、孝成さんの領域ということだろうか。だとしたら、俺はまだまだそこまで行けそうにない。だから答えられず、握手を求めて差し出された手を、無言で握りしめた。

「お世話に、なりました…」

「俺の方こそ、お世話になりました」

「……」

「俺が先に行って良いの?」

「、はい」

「じゃあ…」

“また明日”

「元気で」

「たかなり、さんも…」

「うん」

手から、体温が溢れ落ちた。
緩やかに温度を失った手は、そのあとずっと冷たいままだった。桜が咲いたのは、その一ヶ月後だった。




back next
[ 97/188 ]

>>しおり挿入


[top]




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -