09


ぼろぼろと涙がこぼれて、返事をしたくせに視線を上げれない。インターハイのあと、会えなくなったことがとにかく寂しくて、それでもまだ孝成さんのことを考えたら頑張れた。それが、明日からはもう出来ない。孝成さんの言う通り、チームメイトが一人やめたくらいでこんなに落ち込んでいてはいけない、というのも分かる。けれどこれは、俺の選手生命にだって関わる一大事だ。

「一番上の兄は一つも自由がないまま大人になって、二番目の兄は大切な人を失って、それで俺だけが何も手放さないわけにはいかないよ」

「え…?」

「跡は二番目の兄が継ぐよ。でもね…ほら、笠山、覚えてる?」

「はい」

「笠山のお姉さんと、恋人だったんだ。二番目の兄は。でも、跡を継ぐことになればその恋人とは別れなきゃいけない。利益になる結婚を選ばないといけないから。兄貴は、一番…自分よりも大事なものを手離したんだよ。後になればなるほど別れられないって思ったんだろうね」

「……でも、だからって…孝成さんにあたること…」

「精神を病んだんだ、彼女は。酷い別れ方をしたから。笠山はそのことを知らないから俺に声をかけたし、兄にも連絡ができた…まさか、笠山伝いに連絡がくるなんて思ってなかったから、俺も驚いたよ」

「……」

「歳が少し離れてるから俺は上二人ほどの圧力が無かったからここに来られた。葉月と一緒にバスケが出来て、本当に良かった」

「…俺、孝成さんにとっての…俺、って…何でしたか」

「何、って…」

「ただの、チームメイト…ですか」

キスした日が遠い。
そうか、自由に人を好きになることも出来ない環境でこの人は育ったのか。ロミオとジュリエット、という名前が不意に浮かんだけど、残念ながら俺はシェイクスピアなんて読んだことがない。結ばれない二人の話ということしか知らない。
俺と孝成さんが結ばれないことに、それは全く関係ないのに…キスを繰り返していた関係は一体何なのか、はっきりさせたくなかったのは俺なのに。聞くのが怖くて、この人に求められて答えることが出来るならそれで良いとわりきっていたはずなのに…

「そう、だな…ただの、チームメイトではなかった」

「じゃあ─」

「特別可愛くて、特別大事なチームメイト。キャプテンのくせに贔屓、って怒られるかな。でも、それくらい葉月のことが大事だったよ」

「俺は…」

「俺を慕って、支えてくれて、本当にありがとう。中学で諦めなくて良かったって、葉月が思わせてくれた。最後の試合、まだ終わるなって、試合中ずっと思ってた」

「たか─」

「…葉月」

「っ、」

「葉月は、自分の目指すものを諦めるな」

だからそれは、孝成さんが居なければ…と、堂々巡りするばかりの俺でも、今、孝成さんもあの“キス”についてあえて触れないでいることには気付いた。夢中でしたキスは、俺の胸の中だけに残って、誰にも…俺にも、孝成さんの心は明かされないのだ。孝成さんがそれを望むなら、求めるなら、俺は頷くしか出来ない。
俺が想像出来る困難より、この人が背負っているものはずっと大きくて思いなら、そうするしか…




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