08


高見先輩から聞いた話と概ね同じ。それでも、本人の口から聞いてしまうと「家なんて」とは絶対に言えない。真っ直ぐで大きな背中が、今こんなに小さく感じるのはこの人が追うことをやめたからなんだ。何を追っていたか、明確なものがあったのか、俺には分からないけれど。孝成さんの中から“バスケット”が無くなったのは確かだ。

「俺、大学でも…同じ大学には行けなくても…また、どこかで孝成さんとバスケが出来るって…思ってました」

「…ごめんね」

「、謝ることじゃ、ないですよね」

「でも俺も、やめないでいられたら葉月と同じことを思ってた」

「今からじゃ、もう遅いんですか…」

「さっきも言ったけど、これには早いも遅いもないんだ。…これは、最初から俺の我儘だったから。もう我儘を言える歳じゃなくなった、それだけ」

「……俺が同じこと言ったら、孝成さん怒るじゃないですか」

「俺と葉月は違うよ」

「俺より、孝成さんの方がずっと…ずっと、コートに必要な人だと─」

「葉月」

「、」

「葉月が誰より努力してることも、調子に乗ってるって思われるのが嫌なことも、俺はよく分かってるつもりだよ。でも、葉月が生まれながらに才能を持ってるのも事実。それは分かってほしい」

「俺に才能なんて」

「なかったら国体のメンバーにも、代表の合宿にも呼ばれない」

「それはっ…高見先輩がいたから…」

「確かに高見は俺たちの代では群を抜いてる。でもそこに葉月は関係ないだろ。葉月を見て、来てほしいって思ってもらえたんだ。それは否定しないで」

「……」

体格に恵まれた、親が元選手の環境で育った、声をかけてもらえた、それは事実だ。でも、俺はそれを言われるのが悔しくて努力したし、それを、孝成さんは見てくれた。きっとその事実は変わらないのに…「才能」なんて言葉をこの人の口から聞かされると、今までのものが全て壊れてしまう気がして、怖くなった。

「違う、ごめん、そうじゃない…葉月が自分で掴んだ、才能。それは、俺が居ないくらいで揺らいじゃいけないんだよ」

「孝成さん、俺に否定するなって言うなら、孝成さんも俺の事否定しないでください…」

「……」

「俺の中で、孝成さんの存在がどれだけ大きいか…居なくなったくらいって、軽く…思わないでください」

「はづ、」

柔らかい日差しが差し込む部室で、孝成さんの顔がよくやく見えるようになった。なのに、今度は自分の涙で視界がぼやけて、大好きな人の顔は滲んでしまった。

「俺は、ずっと、ずっと前から、孝成さんのこと見てました。ここにきたのだって、孝成さんが居たからです。全然出来ない勉強も、孝成さんとバスケがしたくて…ここまでなんとかやってきたんです。不純だって怒られるかもしれないけど…今、孝成さんが褒めてくれる俺が居るのは、孝成さんが居たからです。それを、否定しないで…ください」

情けなく震えた声が、ひゅっと喉に詰まって語尾が曖昧になってしまった。インターハイのあと、試合が終わったら伝えたかった事は、もう一生言えない。俺は気持ちを伝えることのないまま、この人に置いていかれるのだ。

「葉月」

「……」

「葉月、顔上げて」

「…はい、」

綺麗な顔だ。
試合前の、あの凛とした強い眼差しがもう見られないのが残念だ。一番近くで見られたこの一年半は、やっぱり俺にとって特別なことに変わりはなくて。



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