07


ドアは一度小さく「ギッ」と音をたて、ゆっくりと開いた。鍵を閉め忘れたのか…そう思うより先に名前を呼ばれ、鍵の閉め忘れの責任についてなどどうでも良くなってしまった。

「葉月」

どうして迷わず部室に来たのか、自分でも考えていなかった。孝成さんの視線が「あとで」なんて、本当に伝えていたかなど分かるわけがないのに。ここに、孝成さんが居たこと、それだけでもう泣きそうだった。

「孝成、さん…なんで、ここ…」

「葉月こそ」

「俺は、なんとなく…ここで待ってれば孝成さんに会える気がして」

「じゃあ、正解だ」

一つしかない窓の前に立つ孝成さんの顔は逆光でよく見えない。それでもやんわりと微笑んだのが空気で分かった。

「…孝成さん、ホームルームは?」

「これから行くよ」

「えっ、」

「先生に少し呼び止められて。出遅れついでに、もう一度部室だけ見てから戻るつもりだったんだ」

「……」

「忘れ物があるからって、鍵貸してもらって」

「…なるほど」

「葉月も、まだホームルーム終わってないでしょ」

「……腹の調子が、悪くて」

「ふふ、そっか」

半年前より、小さくなっただろうか…筋肉が落ちたせいかもしれない。ブレザーの下の肩がほんの僅か、華奢に見える。俺は久しぶりに言葉を交わして緊張しているのか、次の言葉を出せなかった。

「葉月」

「、はい」

「ごめん、黙ってて」

「……」

「バスケやめるってこと」

「あ、」

「高見に怒られたよ。今さら言い訳しても遅いだろうけど、一つだけ弁解させてほしい」

「はい」と、俺が頷くのを確認してから「本当はちゃんと言うつもりだった」と、孝成さんらしくない、“言い訳”をした。

「タイミング逃して、そのまま言えずじまいでいたけど…俺、もうバスケはしない」

「…それは、どういう意味で、ですか」

「公式戦には出ないし、強くなるための練習やトレーニングもしない。バスケに関わる仕事もしないし、趣味でもやらない」

「……」

「決まってたんだ、高三の夏で引退したら、俺のバスケ人生はそこで終わり、って」

「決まってた、って…でも、それは今からでも」

「変えられない。高見から聞いたと思うけど、俺の家医者一家で、俺も当たり前みたいに同じ道を行くんだ」

跡を継がなくても、ということだ。
たとえ親の病院を継がなくとも、彼は医者になるための教育と指導を受け、自分が望んだことを手放してでもその道をいかなければならない。

「親には感謝してるよ。本当は中学で終わりって言われてたから。俺が人生で初めて、我が儘言って高校でもやらせてもらったんだよ。家を出て、首席で卒業することを約束して、それでやっと手に入れた自由だった」

「医者になっても…」

「ダメだよ。趣味でも遊びでも、もう一度触れたら戻れなくなる。また欲しくなる」

「それは、未練があるってことですか」

「未練、とは違うかな。人間の本能的な部分の話。…葉月が来てからの一年半は本当に一つも悔いはないよ。死ぬまで忘れない、一番大事な思い出」

「思い出になんか…して、ほしくないです」

「……ごめん、でも、そんなこと言わないで。俺は葉月とチームメイトになれて本当に楽しかった。俺は葉月に支えられてたよ」

「、ちが、支えられてたのは、俺の方…」

「俺にとってのバスケは、勉強のストレスを発散させるもの、体を丈夫にする為の運動、それだけだった。でもやっぱり出来るようになれば楽しいし、褒められれば嬉しくてもっと上手になりたいと思うだろ、俺はまんまとバスケにはまって、バスケを始めた時にした“中学まで”って決まりを破ってこの高校に来たんだよ」

キリッとした目元が、悲しげに細められた。



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