08


「はぁ〜部長今日も全開だな〜」

言葉と共に吐かれる息が白く空気を染めた。
同級生の加藤は孝成さんを細めた目で見つめ、手を擦り合わせた。
体育館につく前、家に迎えに行ったときから全開だったことは俺しか知らない。まず顔を拭いたタオルをマフラーと間違えて首に巻き、身だしなみは完璧なのに歯ブラシはくわえたまま。やっと学校について練習着に着替えたらバスパンは裏表逆だし安定の靴下間違え。
それでも練習が始まれば目付きが変わって、そんな天然ボケはどこかにいってしまうのだからずるい。

「加藤」

「いって!なんだよ」

「見すぎ」

「はあ?」

「孝成さんのこと」

「はあ?うざ」

「うざくねーよ」

「はあ〜お前の部長愛がまじでうざい」

加藤は頭を叩いた俺の手を払い、大きなため息をついた。それに振り向くように孝成さんがこっちを見て、「さぼるな」と口を動かした。
一つ大会が終わってもまたすぐ次の大会、予選、と続く。今は二週間後に控えた新人戦に向け、新年の浮かれた空気も早々に拭って練習が始まっている。

監督と何か話している横顔を見つめるけれど、孝成さんはもうこっちを見なかった。
まっすぐに伸びた背中、テーピングを施された指、引き締まった足首。無駄のない均等のとれた体は筋肉質で、けれどしなやかな動きをする。柔らかい唇も繊細なまつげも、近づいて、触れなければ知らないでいたことを知ってしまった今、孝成さんのそれら全部がとても愛しい。そんなこと、口が裂けても言えないけれど。

「でもさ、ぶっちゃけどうなの」

「何が?」

「葉月の部長愛」

「はあ?」

「いやほら、部長毎日お前のボディチェックしてんじゃん。葉月が自分で管理しねぇから。俺はお前の体重が増えようとコレステロール値が高くなろうと関係ないけどさ。部長は気にしてるわけじゃん 」

「……まあ、俺だけに限らず、じゃねぇの、そこは」

「俺一回も部長にボディチェックされたことないけど」

「加藤はチェックする項目がないんだろ」

「はあ?ほんと腹立つ。まあいいけど、別に。問題はそこじゃないくて、お前はそれで良いのかなって」

「逆に何がダメなんだよ」

「ああ、盲目…毎日部長の天然ボケをフォローしてんのに、全然見返りないどころか自由奪われまくってんじゃん。それで良いのかよ。客観的にはお前が部長にお熱!って感じだから好きにしてくれとは思うけど」

自由を奪われている…
そう見えるのか。毎日着替えのときに孝成さんのボディチェックが入るようになったのは、入部してから二週間ほど経ってからだ。俺は別に孝成さんに管理されることを嫌だとは思っていないし、そもそも“管理”されているとも思っていない。あくまで孝成さんの“理想”に近づけるなら、という俺の意思だ。それを言葉にしたら、きっと、気付いてしまう。俺が孝成さんに抱いている気持ちに。自分自身が。

「忠犬ハチ公って感じだよな、ほんと。お前が待ち合わせのシンボルだわ、マジで」

「藤代加藤ーさぼってんじゃねーぞー!外周させるぞー!!」

「あー!すんませーん!」

いや、むしろ、俺以外に孝成さんが手をやくのは見たくない。俺以外に興味を持って、俺にするみたいに…

「絶対無理だわ」

「は?なにが?外周?」

「それも嫌」

「?」

うん、嫌だ。
あの正しい手が、他の誰かを触るのはどうしても、嫌だ。




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