「園村〜お疲れ」

「あ、生駒先生。お疲れ様です」

「どうだ、実習は」

「楽しいですよ」

「いや〜お前は変わんねぇな、可愛い可愛い。教え子が教師目指してるって嬉しいなあ」

二年三年と担任だった生駒先生はまだ残っていて、毎日見かける度声をかけてくれた。わしわしと豪快に頭を撫でた生駒先生は大学の話や虎の話をふってくれたり、もちろん指導もたくさんしてくれた。

「今度愛嬌もつれて遊びに来い」

「誘ってみます」

「あいつが真面目に大学生か〜二年の途中から急に頑張り始めたけど、今もちゃんとやってんのか」

「ちゃんと大学も通ってるし、バイトも頑張ってますよ」

「まあ、お前らがまだ一緒に居んのもやっぱりかって感じだけど」

そう、だろうか…確かに虎は僕が居ないとダメみたいなことを言われていたけれど、本当はそんなことないって僕は知っている。それは一緒に住み始めて、特に実感した。僕にあえて言わせているところもあるだろうし、言われても良いと思っているところもあるだろう。僕がそうしたいとこを、虎自身がよく分かっているから。腕時計をつけてあげるとか、寝癖を指摘したり、忘れ物はないか確認したり。
本当は僕がいなくてもきちんと生活できるくらいにはしっかりしているんだと、ちゃんと分かっている。

実習五日目の金曜日。
毎日帰ってからその日の実習記録に終われ、あっという間に金曜日が終わった。土日の間にまとめたいレポートもあるけれど、一度アパートに戻ろうかと思い立って虎に電話をかけた。けれど繋がらず、どうしようか迷いながらも母親に車を借りてアパートに戻った。
金曜日の夜だ。きっと虎はいないだろう。それでも恋しくて。何か食べるものを作っておこうとか、そんな事を考えながら着いたアパートには、虎の車が止まっていた。それを見つけた途端足取りは軽くなり階段を駆け上がって部屋の前に立つ。こんなに顔を見ていないことも久しぶりで、そこに立つだけでもドキドキした。
握りしめていた部屋の鍵を差し込んだところでドアが開き、虎が閉め忘れたのだろうかと中へ入ると知らない靴が乱雑に玄関に転がっていた。さっと背中が冷たくなるのが分かり、もう一度鍵を握りしめて深呼吸をする。大丈夫、虎の靴も脱いだままの形でそこにある。泥棒ではないと自分に言い聞かせ、それでも音をたてないように廊下を進んだ。

しんと静まり返った部屋は、虎さえいないように思え、彼の部屋の前で足を止める。

「……、…」

「っ、とら?」

小さな声で、誰に問うでもなく呟きながら、しっかり閉ざされていないそのドアの隙間から中を覗く。覗くのと、「虎さん」と切なげな声が聞こえたのはほぼ同時だった。聞き覚えのある、ハリのある通った声。その声の主を、僕は知っていて。

「虎さん、好きです」

見えた彼の部屋の中、ベッドに腰かけたその人はそこに横になっているであろう虎へ呟いた。顔は見えないし、部屋も薄暗いから状況もよく分からない。それでも、座っていた人の体が傾き、ゆっくり、もう一つの影と…
僕の心臓は大きく跳ねて、慌てて、部屋を飛び出した。

「……どういうこと…」

虎が部屋に連れ込んだのだろうか…いや、でも…部屋に?ベッドに?僕がいないから?違う。虎はそんなこと…そんな、こと…?
急速に、高校時代の記憶が甦った。僕を好きだと言ってくれた虎を、女の子達が口を揃えて「しちゃった」と噂していた。虎が知らない匂いをつけていたこともあった。でも、だから、とは思わない。

ドキドキとうるさい心臓を押さえ、部屋を飛び出したことを後悔した。でも戻る勇気もなく、車に乗り込んでから震える手で、虎への電話を繋いだ。けれどやっぱり応答はなく、僕は実家までの道を目を擦りながら運転した。

逃げるように実家に帰り、シャワーも浴びずにベッドに潜り込んだ。もう一度虎に電話を掛けたけれどやっぱり繋がらず、眠れないまま夜を明かした。一人きり、寒くてたまらなくてガチガチと歯がなる音を他人事みたいに聞いていた。携帯を握りしめて、丸まって、一度、レオくんから電話がかかってきたけれど出ることが出来ず、ただ震えていた。翌日の土曜日も、やることに終われながらそれでも一日何も食べられないで過ごした。

「うわっ、え、なに、どうした?その顔、え?」

「ごめん、早かったよね…」

「いや、それはいいけど…とりあえず中入れ」

「お邪魔します」

日曜日は地元の友人と会う約束をしていて、一人漠然と過ごすより良かったかもしれないなと、約束より早い時間に家を出た。お正月以来半年ぶりの達郎くんに会いに。

「なに、何かあった?実習大変なのか?」

「ううん、実習は楽しいよ」

「楽しいって…ひでー顔してるぞ」

「……」

「蓮、携帯鳴ってね?」

「……ん」

「出ろよ。俺飲むもん持ってくるから」

“松岡レオ”
表示されている名前に手が震えた。
昨日出なかったのに折り返しの電話もメッセージも送っていない。それでももう一度かかってきたのだ、急用かもしれない。急用…か。大丈夫、大丈夫だと目を閉じて深く息を吸ってから通話ボタンを押した。
久しぶりの達郎くんの部屋は相変わらず物が多くて、開けたままのクローゼットからはたくさんの服がはみ出ている。気を紛らすようにそれを見渡しながら「もしもし」と言うと、食いぎみにレオくんの声が聞こえた。







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