詐欺師は誤魔化すのが下手っぴ


この作品は某様に差し上げたものを改筆させていただいたものです。特別に掲載の許可を頂いております。

なんでもない晴れたとある一日だった。
何の予定も無く、特にどこへ向かわなければいけないとかそういうはっきりとした目的の無い一日だった。

かといって現在宿泊しているホテルは既に長期滞在の予約を取ってしまったので現地から動くことはおろか、観光地でも無ければ温泉地でも無い所をうろつくのは気だるかった。

あるのは大型スーパーやパチンコ、パチンコ、パチンコ、パチンコ。チェーン展開のファミレス、ファミレス、弁当屋。

大きな通りには乗用車だけでなく大型トラックが長距離運転を強いられている。

そんな田舎でも都会でもない場所だ。

同じ部屋で寝泊りを共にするパートナーはというと―あくまで仕事上の相棒だ特に深い意味は無い―元気に街を歩き回り、スーパーで買い物をし百貨店で行われる特産市で試食試飲を楽しみ、たまにパチンコで大勝してきたかと思えば、勝手にファミレスで食事を取ってきたりして俺よりも大変満喫している。

何故食事を誘ってこないのか。
否、別に一緒に行きたいとかそういう気持ちではなくただ単に俺は食事は全部ホテルの近くの弁当屋で済ませているので少しだけ悔しい。
ただそれだけだ、一緒にご飯食べたいとかそういうことじゃない。

奴は、菊弘は全く行動が読めない。

俺の生活に合わせる時もあれば、全く合わせる気が無い時があってそれがどういう条件でそうなるのかさえ分からないし、恐らく気まぐれだろうから一緒に生活している身としてはとてもやり辛いのだ。

ほら見ろ、丁度朝のワイドショーで夫婦の良い生活とは、お互いの生活リズムを合わせる、譲り合うというのが大事であると言っている。

夫婦?

否、夫婦じゃあないがまあ一緒に生活するという点では一緒なのだから同じ自論を展開しても大丈夫だろう、誰も文句は言わない。

「あら、カイキ君ったら朝から何してるのかと思いきやテレビ見てぼーっとソファで考えゴト?思案している男の横顔ってのはいいねぇカッコイイねえ!どうだ、お姉さんと朝から一発やっとく?」

「遠慮しておこう、低血圧でね朝から激しい運動は出来ないんだ残念だが」


春はまだ先だというのに腹出し足出しセクシースタイルの巨乳金髪お色気ムンムンの派手な姉ちゃんが突如壁から生えたかと思うと、挨拶のように口説いてきた。
が、慣れたもので驚かない。

こいつは夢魔サキュバリエス、通称サキュー。
菊弘と契約を交わした悪魔だ。

信じられないと思うが実際存在してしまっているので信じないということはこの物語では許されない。
他にも魔人と死神が居るのだが、やはり信じないといけないものだ。菊弘が言うには他にも超人的な者が自分の配下に存在するのだそうだ。

見てみたいような見たくないような。

菊弘の存在自体も本来の俺には信じ難い存在なのだが、何度も言うようにこの物語ではこういった者たちを認めなくてはならないのだ。


「つれないねえカイキ君、ああそうかそうか!既に昨夜はキクヒロとお楽しみかな!?それは良いことだ!励みたまえ人間!ヒハハハハ!」

そんな訳無いだろうに。

この躁気味の悪魔はいつもテンションが高くて喧しい。
だから菊弘はサキューをあまり表に出さない。出さないようにしているがこうやって主が居ないところで好き勝手に現れては俺をからかっている。

夢魔曰く、
「契約を交わしているが主に従うことに関しては取り決めていない、主が我輩を使役するのならばそれ相応の圧力で我輩を無理矢理にでも使役すれば良い、そういうものだ。我輩は自由なのだ」
と理屈を捏ねている。

夢魔とは違い魔人や死神は主である菊弘に忠実であるように思う。
特に魔人は菊弘を贔屓気味だ。死神はあまり関わったことが無いのでよくは分からない。


「おや、珍しい組み合わせだ。菊は居ないのかね?」

少し考えごとをしていただけなのに、壁から突如現れたサキューはベッドで寝転んでいて、今度は礼儀正しい魔人がドアノックの後バスルームから姿を現した。

待て、ノックは玄関から聞こえたぞ何故そこから出てくる。

「水場が出入りしやすいんだよ泥舟」

俺の頭の中の疑問に答えてくれる魔人セル。勝手に脳内を読むなよ。

「奴は早くから出掛けているぞ」
「ええっそうなのー?残念〜」

どうやら夢魔も菊弘に用があったらしくベッドの上でじたばたと暴れて残念がった。やめろ埃が舞う。

「何だ夢魔、お前も菊弘に用があったのか」
「いいや?からかってやろうと思ってたダケ」

前言撤回、夢魔は暇つぶしに来ただけのようだ。

魔人は俺の向かいのソファに腰掛けてクククと静かに笑った。
暗めの赤髪が黒のロングスカートと一緒に揺れて蠢く。目を凝らさないと魔人の髪や服は黒いもやのようなものにぼやかされて、はっきりと認識することが出来ない。
慣れない内は魔人の姿を明確に捉えようと目を凝らしていたが、だんだん気分が悪くなってしまうのでやがてやめた。

菊弘にコツを聞くと‘そもそもはっきり見るようなモノでは無いのでそれでいい’と言われた。

「泥舟、夢魔はああ言っているがわたしはきちんと菊に用があって出現しているのだ。疑ってくれるなよ」
俺の頭の隅っこにあった疑心を魔人は否定した。

「だがまあ揃いも揃って珍しいな、お前たちが集まることは中々無いよな特に菊弘が居る場合は。どういう風の吹き回しだ」

俺はテレビの音量を落とした、こいつらと言葉を交わすのもなんだか久しぶりの気がして、懐かしい友人たちが偶然集まったので会話を楽しみたい、そんな感覚に陥った。

後に菊弘に『瘴気や魔力に当てられて誘われたんだ。なんて騙されやすい奴だ、修行不足』と説教を受けることになるのだが。

「キクヒロが居る時はふざけると怒られるからな!よし、こうなったらラクスも呼ぼうか!カイキ君と我輩たちの女子会といこうじゃないか!」

そういうことになってしまった。






ルームサービスで頼んだ酒やスナック菓子、果物。
おもに夢魔がそれを頬張る中、窓から颯爽と登場したのは例の死神―ラクス・ネリテイ、夢魔や魔人と同じく菊弘と契約した地獄の死者・羅刹天―だった。
高層ビルの開くはずのない窓がスラッと開いて、銀髪に赤メッシュの派手な頭をした喪服姿の死神は、顔とはアンバランスの丸眼鏡を少しずらして、ばつが悪そうに笑っていた。
死神の笑顔は詐欺師の浮かべる嘘の笑顔にとても似ている。

「いやはや、呼ばれてみれば菊弘殿はいらっしゃらないのですねえ。これは珍しい組み合わせだ、どうも貝木殿、御久しぶりで御座いますねえ」

不思議な力で開いた窓は、再び不思議な力によってもとどおり閉まった。死神は仕事帰りのサラリーマンのような仕草で魔人の隣、ソファに腰掛けた。

「よおラクス、お前も食うかね」
「食べてる時は口を閉じないか夢魔、行儀が悪いぞ」
「お気遣い無く、私めは飲み物だけで結構で御座います。あ、ではお湯を沸かしますので紅茶を頂きますね。皆様の分もお作り致しますね」
「ラクス!我輩イチゴジャム入れて欲しいなあ!」
「ジャムなんかホテルの一室に備えついてないだろう。どれ、羅刹天。ジャムはわたしに任せろ、創ってみる」
「助かりますセル殿」

三人はわあわあ言いながら俺の周りでわちゃわちゃし出した。
魔人は魔人で、我侭な夢魔のためにゼロからイチゴジャムを生成していて、死神は皆のために本格的な紅茶を淹れ始めた。夢魔はその二人の間を行ったり来たりして邪魔になっている。


何だこの空間は。

俺はインテリアのひとつになった気分だった。
というかアレだな、小学生の男女グループで自分の家に皆を招待したはいいものの女子の比率が多くて女子がきゃっきゃしてるだけで男子は特に何もしないっていう懐かしいパターンだな。

「ちょっとそのパターンには賛同出来ないな泥舟、分かりにくい例えだぞ」
「やめてくれ恥ずかしい、勝手に脳内を読むな恥ずかしい」
「カイキ君も素直に恥ずかしがったりするんだなあ、意外に」

夢魔は相変わらず口に果物を頬張りながら喋る。
小ぶりなはずの顔がハムスターのように頬をパンパンに膨らませているので俺は思わず吹き出す。

「サキュー殿の言うとおり、我々にしてみれば貝木殿が表情豊かなのは見慣れませんからね。意外で御座いますね」
「やめろよ、俺だって…いや、俺は人間だから怒ったりするし笑ったりもするさ。菊弘だってそうだろうに」
「え?ちょっと待って泥舟、笑ってみて」

魔人が怪訝そうな顔をしながら言うので俺は言われたとおり笑顔を見せてやったが、満場一致で俺のこれは笑顔では無く不敵な笑みであることが判明した。
何でだ。

「しかし菊弘殿が笑ったりするというのは初耳で御座いますねえ。あの御方の笑顔といえば先程の貝木殿のような不敵な笑みしか見たことがありません」

死神は慣れた手つきで皆のカップに紅茶を注ぐ。
そういえば執事をやっていたとかなんとか。
執事?
死神は女性なのだからメイドでは?とまあふと疑問が浮かんだが、夢魔も魔人も死神も菊弘も皆女性ではあるが男性的なところが多いのでそれはそうなのだと既に受け入れてしまっていた。
こいつらのことを深く追求すると頭が疲れる。
だからそのまますっぱり受け入れてしまう方が楽だ。

「菊弘との付き合いでいったらお前らの方が長いだろうに。奴は馬鹿みたいにケラケラ笑うし、にっこり笑顔も見せるし。子供みたいにむくれてみたり、かと思えば急に大人びた表情で俺のことをガキ扱いするしな。初めて会ってからの数日は人間離れしているこいつらを化物扱いしていたが今となってはそれさえも忘れてしまうくらい人間らしい奴だよ。表情がころころ変わるからこいつも普通の女なんだなあ…と思ってたんだ、が……」

俺の言葉に夢魔の目の色が変わった。

世間話を聞いている表情では無い。

敵軍の機密情報をまさかのタイミングで知ってしまったというような喜びの、好戦的な目。
夢魔だけではなく、魔人も死神もその瞳には怪しい光を宿している。


俺は初めて化物と同じテーブルについてしまっている危うさを感じた。


そして事態は急展開するのであった。







「ただいまぁ」

間延びした声には緊張感が無い。
気配で分かっているはずだが菊弘は至っていつもどおりだった。
軽くはない足取りで此方へ歩いてくる。
コートをベッドに投げ捨て、肩を慣らす。
そして仁王立ちで腕組みをしソファの三人に向かって声を掛けた。

「どういうことだ?揃いも揃って私の令も無しに集合しているとは」


その姿は小さいが、存在自体は大きい。

母親だ。

悪いことをした子供を叱る母親の姿がそこにあった。怒り心頭。叱られている子供たちの方はというと自分たちが悪事をやらかしたという罪悪感は微塵も無く。
へらへらと笑う夢魔、その横で爽やかな笑顔を浮かべる死神、そして微笑を湛えた魔人。

まるで反省の色無し。

「ったくなあ貴様らのような力を持った魔物が集まっているだけで政府は何事かと思って緊急事態になることだってあるんだぜ?その辺分かって行動しているのかね、私の責任になるのだからもっと考えてくれたまえよ」

菊弘は意外にも冷たい視線で三人を見下し、低い声で言った。

俺が知っている菊弘とはまるで別人のように。
誰にでも分け隔て無く接するような善人が、軽蔑、侮蔑、差別、区別の負の感情を撒き散らしている。


俺は正直驚いた。

この四人は仲が良いものだとばかり思っていたからこんな風に菊弘が三人を敵視しているのを見ると背筋がゾクリとした。
猫被っていたのか?

俺の動揺を感じ取り、夢魔はニタリと口角を引き上げた。


「まあまあ、キクヒロ。我々はお前と腹を割って話したかったのだよ。今はカイキ君は居ないから女子だけでワイワイきゃーきゃー恋バナしよう!」

「馬鹿なことを言うな。そういえばあいつこんな朝からどこ行ったんだ?いつもならこの時間は部屋で朝の弁当を食べているはずだが貴様ら知らんのか」


菊弘は自然と三人の向かいになるようにソファに腰掛けた。

俺はそこに居る。

菊弘は示し合わせたかのように俺の膝の上に座った。
だが菊弘には俺の存在が分からないようになっている。
透明になったといえば分かりやすいが実際は違うらしい。
俺にこの不思議な体験をさせた魔人が言うには、見えないだけでなく存在自体が無くなってしまうらしい。

透明、全てが透明になるのだ。
初めは極めて存在が薄くなってしまうイビルブラインド(無気力な幻灯機)?とかいう物を使うつもりだったらしいが菊弘には子供だましも同然であるらしく、手間が掛かるそうだが完璧に事を進めたい三人はそれぞれの知恵と力を出し合って今の俺の状態にした訳だった。

存在までも消してしまうって何だよ、怖過ぎる。


「カイキ君ならどこか出掛けるって言ってたよお!我輩たちは留守を任されたのだ!」

夢魔がオーバーに両手を広げる。

俺は菊弘が舌打ちをしたのを見逃さなかった。
イラついている。
菊弘にしてみれば俺が面倒事を持ち込んだと思っているのだろう。まあ間違ってはいないが後から八つ当たりされるのは嫌だなあと思いながら菊弘の小さい体を眺めていた。

朝から何をしているのだろうと思っていたが、奴の体はほんのり汗を掻いていた。
菊弘は普通の人間よりも体温が高いため少しでも運動をすると汗を掻く。
朝からジョギングでもしているのか?

「ところで菊、今朝から何をしていたんだ?」

俺の脳内を読んだ魔人が代弁してくれる。

「え?朝はここ最近は〜貝木の後始末とか、まあ邪魔になる奴を潰してるっていうか。仕事柄敵が多くてやりにくいからな。しかも本人はそれに気付いていないし、だから私がそうこうしてもあいつは気が付かないから都合がいいんだが。そういうことをしている。が、それが何か?」


俺は人生で一番大きく目を見開いただろう。
それを見て魔人は思わず目を逸らした。
笑いを堪えている。

腹が立つがそれどころじゃあない。

俺のために仕事の敵を潰しているだと?

何をしているんだこいつは。

余計なお世話も良い所だ、俺に恩を売るつもりなのか?
否、菊弘に損得の感覚は無い。

やらないといけないからやる、やらなくていいことだからやらない。
つまりやらないといけないからやっているだけであって、俺に見返りを求めるとかそういうことでは無いのだ。

無心で俺のために事を成している。お人好しだ。


「菊弘殿は貝木殿に尽くしておりますねえ」

「尽くしてなど。私は自分の使命に従っているだけだ」


使命?
俺の仕事を助けるのが?
こいつはアレか。


俺のスーパーヒーローなのか。


「使命とは言うがキクヒロ。我輩たちからして見れば貴様の行動には驚くばかりだ。今まで自分に科せられた任務は淡々と遂行していたあの仕事人間のキクヒロがたった一人の男のために奔走しているのだからな。ヒハハハハ、まあ我輩が条件付きで貴様をこの世界に縛っているからどうしてもそうするしかないのだがな」

夢魔は菊弘に挑発的な態度を取る。

菊弘が俺の膝の上でふつふつと怒りを燃やしているのが分かる。
髪の毛が逆立つんじゃないかと思うくらい気配が刺々しい。

「まあそれでもキクヒロはカイキ君にぞっこんなワケなんだけどもね!どう最近は!初エッチはいつなんだい!?」

俺は思わず立ち上がりそうになったが、それより早く菊弘が俺の両膝をどん!ととても強い力で叩いたものだから―本人は俺の膝を叩いたつもりは無いのだ、あくまでソファである―立ち上がるどころかもう二度と立つことが出来ないんじゃないかと思った。
泣きそう。痛くて泣きそう。
骨折れたんじゃないだろうかこれ。



「はっははははははははは初エッ………!」


菊弘はクラスメイトにお前○○ちゃんが好きなんだろ〜と本人の目の前で囃し立てられて「ち、ちがうしぃ!俺こんなお転婆好きじゃねえしぃ?」と強気になって言ってしまう男子生徒みたいなベタなリアクションをしていた。

何だお前は、昭和か。

否、俺も相当イメージが古かった。
人のことは言っていられん。

「エッチくらいしただろ、セックスセックス」
「おやまあ下品で御座いますよサキュー殿。もっとオブラートに包んでお伺いしなければいけません。菊弘殿?貝木殿とはもう手はお繋ぎになられましたか?」
「羅刹天、お前のそれも今更そんなこと聞いたって…という感じだと思うがな?いや、しかし、実際のところ二人の仲はうまくいっているようだが。どうなんだ菊」

菊弘は俺の両膝をぎゅうっと握り締めながら屈辱に耐えている。

ちょっと待てよ、これって俺も恥ずかしくないか?
もしかしてこれ俺もはめられたのか?

疑いの眼差しで魔人を見る。
魔人は肩をすくめた。

何だそれは。

不本意ながらこうなっちゃったね、みたいな。

何が不本意だ自分はそんなつもりで俺を透明にしたんじゃないとでも言うのか。


「手繋ぐとかそんな恋人みたいな」


耐え切れなくなって菊弘はポツリと言う。
やめろ口を開くな。
俺は焦る。
この流れだとこのまま俺のことを菊弘の口から聞くことになってしまうじゃないか。

何だそれは女子中学生が友達数人に好きな人を囲ませて「あんたあの子のことどう思ってんのよー答えなさいよー」と聞かせて当の本人は近くで隠れて聞いているというお前が直接来いよ現象が起きている。


待て俺は何を言っている意味が分からない。
混乱しているようだ。


「恋人みたいな、関係じゃ無いし」


やめろ菊弘、お願いだからやめてくれ。


「大体あいつは私のことなんとも思ってないだろうし?」

菊弘は目の前のテーブルにあったグラスに口を付けて一気に飲み干す。

おいそれ赤ワインだぞお前洋酒は得意じゃないだろうにやめておけやめておけあああああ夢魔のやつ、自然にグラスにおかわり注いでんじゃないぞコノヤロー。

二杯目を飲み干す菊弘。

運動した後だから喉が渇いていたらしい。
ぐびぐびと音を立てながら豪快にワインを飲む。

「分からんぞキクヒロ、案外カイキ君も貴様のことが好きなのかもしれないじゃあないか!」
「そうは言うがねサキューよ、私は恋愛というものが全く分からんのだからそういうものは理解できん」
「例え夜伽を共にしようともで御座いますか?菊弘殿」
「そうだとも、例え何度も夜を共に愉しんだとしても、私は過去そういったことは恋愛関係で無くても行っていた訳だし?大佐は恋人でもなければ、ただの大佐と私という関係なのだからぁ、別にセックスもするでしょうけど?だってあれだけ一緒に居るのだからそりゃあするだろうがセックスくらい。セフレ関係っていうのか?まあともかくセックスしたくらいで恋人だとかそういう…」
「菊、泥舟とセックスしたのだな」


魔人の声に俺は我に返る。

「したよ?したけど何か?それがお前ら三人がこぞって知りたかったことか?くだらん。セックスはするさ、男と女だもの」


今俺が存在も姿も透明でなかったら、菊弘を連れてどこか遠くに逃げたかった。
確かに俺もこいつと同じような考え方だ。
しかしそれは俺だけがそう思っていればいいことであって、菊弘がそんな風にヤケクソになって言うような、感じるようなのは間違っている。
菊弘は、俺に対して何らかの感情を持っているのが、正しいはずだ。

「今更、性教育の授業をお望みという訳じゃあなかろう、お前ら何が聞きたいんだ?ヤケだから何でも答えてやるよ」

アルコールが体中に浸透したであろう菊弘が呂律の回らない口で豪語する、すると待ってましたと言わんばかりに奴らは質問攻めと来たもんだ。
こういう話題は夢魔しか興味無いと思っていたが死神も魔人も恋人の居る身であれば、恋バナとは程遠い気がするが互いに興味のあるものなのだろう。
俺が、本人が目の前に居ると知って楽しんでいる、なんて奴らだ。

もう二度とこいつらとは親しくしない。


「どの体位が一番好き?」

夢魔。

お前いきなり過ぎるだろ。
さっきは順番に初エッチから聞いていたじゃないか何で急にすっ飛ばして体位になるんだ。
何でも答えるとは言ったが流石の菊弘は答えな

「そうさなぁ、そもそも私は後背位が好きなんだけど貝木は結構普通に向かい合って脚を持ち上げるだけとか、私の向きを変えるだとか座ってやるだとかそういう…。相手によって好きな体位は何かと問われるのならば、貝木とは座位かなあ」

答えちゃった。



「アブノーマルなことは行わないのですか?首を絞めたり殴ったり蹴ったり、食べたり」

「ラクス…お前を基準にされると困るんだが。そういうのはやらないよ、二人とも痛いのは嫌だもの。お互いが好きなことをやる、意見が食い違うのなら譲り合う、それが二人で円滑に過ごすための鉄則だろうに」

うわあそれ、その言葉。

別のシーンで聞きたかった。

なんだかんだ俺のことを気遣ってくれているのは嬉しい。
素直に嬉しいと思う。
だがこんなセックス事情の中で聞きたくはなかった。

それ普通の生活の中で大事にしてくれ。

「最中に愛してるだとか好きだとか言わないのかい」

魔人が間髪入れずに言う。

「言うはずがない!恥ずかしい!!」


同意見だ。


「恥ずかしいから言わないのか。では常日頃思ってはいるのだな、愛していると好きだと。常日頃は心に隠しているのだな?ええ?菊」

魔人は菊弘に問い詰めているが、その表情は背後の俺さえも見詰めている。
俺の脳内はいとも簡単に魔人に読み取られるのだろう。

もう諦めた。
俺は菊弘に見えていないのだから、もうどうにでもなれ。


「だ、だから!さっきも言ったように私と貝木はそういう風に、好きだとか愛してるだとか思って、その感情を理由に抱き合っている訳じゃない。せ、性欲処理だ性欲処理!」

それが本心だとしても言い方が酷いな、性欲処理て。
それはどちらかといえば男の方の意見だろうに。

「泥舟はお前のように考えていないと思うのだがね、逆に心底愛情を持ってお前を抱いているのではないだろうか」
「何を根拠に言うのだセル、予測で言われては信じることは到底無理だ」
「そんなこと言ったって…」

セルはきょとんとした顔で、俺を見る。

はいはい俺の脳内を読めるんだから根拠アリアリですよねはいはい。


帰りたい。
否、帰る場所はここなのだから逃げたい。

この場から逃げ出したい。

俺は透明なのだから、菊弘には見えていないのだからこのままコッソリ外に出ても大丈夫だろうし。
俺はそろそろと静かに座っている位置をずれ、菊弘を横から覗き込む。

ワインをがぶがぶ飲んで酔っ払っているから顔は赤らんでいる。

「でー?他には無いのかね、もう終わりか?」

酒の力で気持ちの大きくなった酔っ払いはソファに横向きに寝転んで尻を掻いている。
菊弘には見えていないだろうが完全に膝枕の状況である。
俺が見えている三人はニタニタと笑っているが、菊弘にはやはり自分を馬鹿にしている風にしか見えないのだろう、そっぽを向いて顔をしかめた。

「まあそう機嫌を損ねるなよキクヒロ。じゃあ最後の質問にしてやる、二人とも異論無いな?」

そもそもそこまで興味の無かった死神と、菊弘に贔屓気味の魔人は素直に夢魔に従う。

「もう最後かね、遠慮せずともいいというのに」

相変わらず強気な菊弘は俺の膝枕で天井を見上げている。
俺と目が合っているはずなのに視線は全く俺を捉えていない。
菊弘の隻眼には俺が映っていない。


「そう、最後だ。キクヒロから見てカイキ君の素敵だと感じるところを教えて欲しいなぁ!ま、簡単に言えばカイキ君の好きなところとか〜ドキッとする仕草、エロイなあと思う仕草とか」


夢魔は最後だからと大サービスかましてきやがった。
俺は逃げ出したい。
何で本人の口からそんなことを側で聞いてやらなくてはいけないのか。
訳が分からない。
で、菊弘も菊弘だから素直に答えてしまう訳で。

「素敵だと感じるところぉ?あって無いようなものだろ。あいつを素敵だと思ってしまう女性は危ういね、完全にフェチの域だな。第一印象だけで惚れろと言うならまあ顔かな?顔は良い方じゃないか。目の隈も不健康的でサブカル女子は好きだろうしいつも仏頂面なのもいいと思うね、私は仏頂面というと中禅寺さんを思い出すがあの人と貝木のそれとはかなり違うがね、中禅寺さんのは畏怖や怒りの強さを感じるが貝木は逆に弱さしか感じない、守ってあげたくなると言えば聞こえがいいな、それだ。で、じゃあしばらく関係が続いて内面的なところに惚れることが出来るのなら何だろうな…ケンカップルといえばそれかな。友人から発展しやすい形だろ。そんなタイプだと思うぞあいつは。しばらく付き合いがあって知人程度になっても態度が変わることは無いだろうし、最初から最後までクールなままってイメージだがね。だからセルの言う心底愛情を持って私を抱いているという意見は全く結びつかないんだよ。すなわち恋愛をして貝木を好きになるというのなら、貝木が私を堂島大佐のような悪漢から奪い去って幸せにしてくれるだとかそういうヒーロー染みたことをやってもらわないとコロリとは行かないねえ」

呂律が回らない舌の癖にぺらぺらと言葉を紡いでいく。
元来饒舌な性質だがここまで赤裸裸々に言うのは初めて見た。

出来ればこんな暴露大会はもう二度と参加したくない。
勘弁してくれ。

俺は一体今まで何回勘弁してくれと言ったのだろう。
そうも言っていない気がするがたくさん言ったかのような感覚に陥るほど勘弁して欲しいと思い続けている。


「ドキっとする仕草?うーーーーーんあえて言うならあいつは体の線が細いし色白だから普通に全裸がいやらしいよな。本来全裸で下も丸出しとかだとそっちに目が行くが貝木の場合全体的に見てしまって、見入ってしまって股間なんかどうでもいいもんな、はははははッ股間なんかどうでもいいは言い過ぎか?」

一人でウケて一人で笑っている。

「エロイ仕草ー?エロイ…仕草?うーむ…」


めちゃくちゃ考えてるな、一個くらいあるだろうに早く言え。
俺もこうなったら知りたくなってきたじゃないかどうしてくれる。

今までの全ての責任を取ってもらいたい。

「特に無いな…」
無いのかよ。
何故かがっかりしてしまった。

否、別に今までそんなことを意識していた訳じゃあないのだから落ち込むことは無い。
必要無い。


「存在自体がいやらしいということで御座いますか?」

死神のとどめの一言が俺の頭にグサッと刺さる。
それだとまるで菊弘はただのエロ親父じゃないか俺のことをそういう目でしか見れない変態。

そこは流石に否定して欲しい。

俺は今までそしてこれからもそんな変態と一緒に生活をしなくてはいけないと思うと、毎日気にしなくてはいけないだろうそんなのは嫌だ窮屈だ。

「まあそうだな、エロイ。エロイよあいつは」


俺もう一人でどっか遠くに行ってもいいかな。


「そうは言うが菊、わたしはお前が泥舟のことをきちんと好意を持って接しているのを知っているぞ。あまりそう乱暴に考えるな、もし本人が目の前に居たらそんな風に言えまい?」

魔人がフォローのような―否、全く俺のフォローにはなっていないのだが―ことを言ってくれるが菊弘は頑として態度を変えない。

「本人が居たらこんな話絶対にしないさね。だが思っていることは全て事実だ、事実を喋って何が悪い?」
「なるほど、カイキ君が居たなら絶対にこんなこと話さないのだな!キクヒロは」

夢魔が問う。

「そりゃそうだ、恥ずかしいをとおり越してお前らに怒りを覚えるね。もしこの場にあいつが居たのならこんな話始める前にお前らを追っ払っているよ」
「おお、ではやはり泥舟の姿を隠したのは正解だったな二人とも。これを聞く限りそう易々と帰れないようだぞ」


魔人は立ち上がり、マジシャンがするような仕草で指を鳴らした。

それと同時に透明化の効果が消え実体となった俺は菊弘を膝枕した状態で姿を現してしまった。
しまったせめて移動しておくべきだった、こいつらの話など聞かず逃げておけばよかった。

そう後悔するのは数十分後のことなのだが。

「もう終わりか、インビジブルごっこは」

なんて俺は暢気に奴らと共謀していた体を装ってしまったから愚かだ。


本当に愚かだった。

これだけは反省すべきことだ。

俺は素直に恥ずかしがるとか、ばつの悪そうな顔をするとかそういう健気な反応をしておくべきだったのだ。


そうすれば菊弘は俺のことを被害者であると思ってくれただろう。










俺の膝枕からゼロコンマ一秒で立ち上がり、菊弘は絶望に打ちひしがれていた。

見られた聞かれた全てばれてしまった暴かれてしまった。

菊弘を見ると酒に酔っていた真っ赤な顔は真っ青になり血の気が無くなった。

俺としばらく見詰め合った後、菊弘はすぐに三人を見た。

つられて俺も三人を見る。
相変わらずうっすらと笑っていて馬鹿にしているようにしか見えない。

魔人だけは真顔で、夢魔と死神とは違う心持ちであるようだった。
しかしそれをきちんと確認する前に菊弘は動いていた。

菊弘が立ち上がって俺を見て三人を見た。

十秒も経たなかっただろう。

俺は急に菊弘に突き飛ばされベッドに体が飛んでいた。
痛みは無いが衝撃に驚く。

そして辺りは暗黒に包まれた、文字どおり暗黒に。

ホテルの一室は地獄へと早変わりする。

細身の日本人が怒りを露にしている。

それしか感じ取れなかった、俺以外の奴らがどのような顔をしているとかそういうのは最早見ることが出来なかった。

黒、黒、黒。

蠢く黒に包まれ、何も見えない。

黒は燃え上がり火を伴い菊弘を包んでいた。

否、比喩ではなく本当に菊弘からその黒いものが伸びていて全身を、全体を包み圧倒的な重圧でこの場を封じていた。

三人は逃げられなかっただろう。

俺は初めて菊弘の、人間ではない部分を見た。

菊弘の髪は、漆黒の髪は力を放ち長く長く伸びた。


髪の長さは魔力の表れと過去に魔人は言った。

じゃあ菊弘はどれだけの力を持っているのだ。
分からない、どんどん伸びている。

俺の足元にも毛先が伸びてきて俺を包む。

間違い無くこれは菊弘の髪の毛だ。
否、もうこれは菊弘自身なのだ、匂いが、する。



「一度痛い目にあってもらう」



物凄く低い声だった。
地獄に響き渡る閻魔の判決だ。
俺の視界は既に菊弘に塞がれていて何が起きているのか全く分からなかった。

業火の中に居るような、荒波に揉まれているような。

熱くも無いし痛くも無い。
ただただ、大きなエネルギーを感じていた。

死を覚悟した。

まさか、こんな風に死ぬなんて思ってもみなかったが。
なんてファンタジーな終わり方だろう。
覚悟をして目を瞑った。

そして、数秒後すぐに明るくなった。



「………なんだ?」

俺はベッドから起き上がる。
すると体に巻きついていたであろう黒い物体が灰のようにさらさらと崩れ去り、そして跡形も無く消えていった。

元の純白のシーツの上に俺は居た。

周りも同様だ。
ビルは崩れ地面は割れ火は燃えさかり煙が立ち込める…とかそういうのは全く無くてむしろ前より少し綺麗になったかと思うくらいのホテルの一室。

そんな一室に菊弘はぽつんと立っていた。

小さな体。
短い漆黒の髪、撫で肩の細い腕、細い腰、ほんのり肉付きの良い尻そしてすらりと長い脚。

「菊、弘」

俺がその背中に声を掛けると勢いよく振り返り答えた。

「それで泥舟くん、君はどうされたい?」

怒っている。

目には涙を溜め、今にも泣き出さんと癇癪を起こさんとしている。

俺は慌てて―何故慌てたのかは自分でも分からない、だがこれ以上何か起きてはいけないと思って―弁解をした。

言い訳にしかならなかったが事のあらましを説明した。

「全く君は…良いようにあいつらに利用されているじゃあないか!修行が足りんな、魔物に魅了されたんだぞ。あいつらだから実害が無かったかもしれんが他だとこうはいかないからな、自衛したまえよ」

「すまなかった」

いつものお説教モードに入ったので俺はほっとした。
この数時間で菊弘の、俺が触れてはならない部分に触れてしまった気がして、タブーに足を踏み入れてしまった気がして恐ろしかった。
最悪始末されるのではと思った。

そしてそんなことを考えてしまう自分が怖かった、怖かったしなんだか罪悪感があった。

菊弘をそういう目で見ていたかと思うと、やるせない。


「いや、私も大人気無いことをした。怖がらせた」

頭を掻き毟りながら菊弘は俺の隣に座った。

思っていたことは同じのようだ。ならもう気にする必要は無いのだろう。
俺も菊弘をそうは思わないし、菊弘も俺にそう思わせないようにしている。

お互いにお互いを遠慮し合っている、それでいい。



「奴らはもう居ないのか」

「遠くへ追いやっただけだ、あいつらとの関係はこれからも続けるよ、そうしなくてはならないからな…いやもう、この話は止そう」

「じゃあさっきの話の続きをするか」

「さっきの、話?」

「何だもう忘れたのか単細胞め、散々俺の目の前で恥ずかしいことを話したじゃあないか」


俺は殴られるのを覚悟して言った。
これを機に菊弘が俺に暗示でも掛けて記憶を操作してしまえばいいのだから。
そうすれば菊弘だって今までどおりでいられる。
俺だってそっちの方がありがたい。


「なっ…!だ、だって本当に分からなかったから…その、いやあの別に、本当にああいう風に思ってるんじゃないしぃ?こ、言葉のあやってやつぅ?そ、そういうことだから!冗談だから!完全にジョークだったから!酔っ払ってたし!」

菊弘は顔を真っ赤にして汗を掻いて、余計な身振り手振りをして分かりやすく狼狽した。

やめろ何だその反応は。
こっちが反応に困るだろうに。
そこはまたブチ切れて俺を殴るとかそういう…
「ていうか見えていたんならセルが言っていたその、心底愛情を…っていうのは本当に…」

やめろ、そこを掘り返すな。



それから小一時間お互いにお互いのことを根掘り葉掘りの暴露大会になってしまった。
勿論酒を飲んだ、飲みながらじゃないとやっていられない。
朝だったのがいつの間にかもう日が落ちて俺たちはずっと二人で二人のことを喋っていた。
恋人とか夫婦とかの定義は当てはまらない、当てはめたくない二人はそういうものであると受け入れるしかなかった。
だからそれはそれで受け入れた。




ただそれだけの話。




色々あったが俺と菊弘の態度はそう今までとは変わらないし変える気も無い。

少しだけ自分たちが相手に好意を持っているということは認めた。

ほんの少しだけだ。

ほんの。

だからと言ってそれから何が変わる訳でもないのだ。


でも今夜はちょっとだけ気合が入ったし、興奮した。



何の話だ俺は知らん。もうこの話は終わる。終わらせてくれ。








「明日一緒にご飯食べに行こうぜ」
菊弘がやっと誘ってくれたので素直に同行しようと思う。










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