詐欺師は鏡に映らない


後日談。
ハルアキラの言っていた通り、櫻井さやかを自宅から連れ去り殺害したのは、隣の家の林直輝だった。死体を隠したのは、母親の林由美である。
覗き見をする怪異となってしまった櫻井さやかは、あのままらしい。あの家は、林家と一緒に取り壊される。取り壊されれば、覗き見の怪異は消滅する。
半田家は、急遽アパートを借りて引っ越すはめになったが、壁の中に死体があった家など早く手放したいだろう。いくら、家に勝手に侵入して盗みを働く男は逮捕されたとはいえ…。

「ハルアキラさんには感謝しなくてはな」
菊弘は、新幹線の窓際の席で、不機嫌そうだった。だが、もう調子は戻ったらしい。
「事件のことか?それなら、俺からももう一度礼を言いたいところだ」
俺は思ってもいないことを言う。
「違う違う、お前から菊子を落としてもらった件だよ」
「………落とす?」
「つきものおとし」
ああ、と俺は頷いた。やはりそれか。そんな感覚はあった。俺は静かに息を吐きながら、座席のシートに体を沈めた。
「もう、あれの名は呼ばん」
「呼ばないだけじゃ駄目だ」
菊弘の言葉で、ハルアキラの言っていたことを思い出す。
─きちんと一人の女に目をつけていればいいものを…。
「私にはネモもあの女も抑えることは出来ない。コントロールしているように見えるが、あいつらが本気を出せば私なんかは簡単に封じ込められるんだからな…実際にネモにはもう、何度も成り代わられた」
意外な発言に、俺は片眉を上げた。それを、窓に映る俺を見ていた菊弘は、もう一度強く言い聞かせた。
「鏡の部屋に居た時、調子が悪くなったろう。私は鏡と相性が悪い」
「…ネモを出す時も三面鏡を」
俺は、えびす亭での<召喚術>を思い出した。
「そうだ、私にとって鏡とは入り口…あいつらの入り口になるんだよ」
「………ハルアキラが言っていたが、一人の女に目をつけていればいいというのは」
「知らん」
やけにきっぱりと言い捨てる。
「それは…ネモやその他ではなく、お前を」
「知らんと言ってる!」
こっちを振り向いた菊弘は、耳を真っ赤にしている。
「分かった分かった。知らんということにしておいてやる。そして俺も、知らぬまま行動することにするさ」
俺が早口で言えば、菊弘はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
車内販売がやってくる。
俺は、チョコレート菓子を買うと個装を開けて菊弘に差し出した。それでも、食べようとはしないので、顎を掴んで無理矢理その口の中にチョコレートを突っ込んだ。やめろよぉ、と菊弘はもがく。
俺はどんどん、その口の中に詰め込んでいった。
必死に口の中を片付ける菊弘。忙しく餌を食べるハムスターに似ていた。

「今夜泊まるホテル、一番風呂は譲ってやるよ」
「うぐくぬぅあッ」

チョコレートでいっぱいの口では、何を言っているか分からなかった。






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