詐欺師には悪霊がお似合い


肩が重い。
そう菊弘に言うと、すかさず自分の財布からクーポン券を2枚出して、
「丁度良かった、行こうぜ行こうぜ」
と嬉しそうにスキップするのだった。
俺としてはもっとこう、心配をしてほしかったのだが。
そんなことは微塵も表情に出さずに本当に世間話のようにぼつりと呟いたので、奴も世間話のお返事として温泉へと誘ってくれたのだろう。

温泉。
暖まることによって血の巡りが良くなり肩凝りや腰痛が緩和するのだ。それは分かっている。温泉は好きだ。嫌いなやつなんかいるのか。いや他人に裸を見られたくないとか潔癖性とかは置いといて、熱いお湯に体を浸からせるっていう行為は万人の癒しだと思っている。その熱いお湯に浸かるという行為が拷問だと感じる人がいるのなら、それは人生の半分を損している。

「寒気もするんだよな」
俺はわざとらしく自分の両肩を抱くと、菊弘は受付を済ませながらそこらへんにあったパンフレットなどを取りつつ答えた。
「よーく温まることだね」
「うむ」

やはり奴には俺の真意は伝わらないようだった。

健康ランド。
温泉があって、食事どころもあって、ちょっとした休憩所もある。
俺はホテルに泊まるのでこんなところにはあまり足を運ばないのだが、クーポン券を持っていたりパンフレットを漁っているのを見ると菊弘は結構利用するみたいだ。
心なしか楽しそうに揺れる背中を見つめる。

「じゃ、お互いごゆっくり〜ということで。集合場所はマッサージチェアあるところね」
「おう」

俺との会話もさっさと済ませて、足取りも軽く彼女は女湯に消えていった。ふととある疑惑を抱きながら、俺も男湯の暖簾をくぐる。
キャーと甲高い悲鳴が聞こえたので、疑惑も消えたが。

(やっぱり男に間違われてやがる)

俺はそう混雑していない脱衣所で、脱いだ衣服をかごの中に次々と放り込んでいた。健康ランドに来る前にコンビニで新しい下着を買っておいたので、それも封を開けてバスタオルの下に置く。
チクリ。

首筋に針で刺されたような感覚。
視線?
俺は振り向くがそこには扇風機に当たって涼んでいる中年しかいない。しかも全く俺と逆方向を見ている。辺りを見回すが俺を見ている人間はいない。
では人間ではないのか。
チクリ、チクリ。
首筋に針が刺さる。何度も何度も弄ぶかのように俺の首筋に針を指している。
ハンドタオルを首にかけ、その感覚を誤魔化すように俺は湯煙の中に消えることにした。

ずいぶん前から感じている肩の重さ、体の気だるさ。そして消えない寒気。時折感じる、首筋に針を刺すような不快な錯覚。
視界の端に映る黒い影。そちらに視線を移すとなにもない。
信じたくないが俺が行き着いたこの症状の原因は、

「つかれている」
「おお、どうぞ隣のマッサージチェアが空いているよ泥舟くん」

違うんだがな。
俺は否定しないまま言われた通り隣のマッサージチェアに腰かける。菊弘は気持ち良さそうに体を揉まれている。
「ねえそっちにはミストサウナがあったでしょう、どうだった?」
「入っていない」
「あったまれと言ったのにサウナも入ってないのか。なんだ、体を洗ってさっさと上がってきたのか?にしては時間がかかったな」
「つかれてる、と俺は思うんだがお前はどう思う」
「どうかなぁー君はいつも疲れた顔をしているから分からないけど、そう私に逐一疲労を報告してくるのだからもしかしたら気弱になってるのかもしれないねえ」
「疲労じゃないんだ、菊弘」

名前を呼ぶと、ふっと気配を切り替えて菊弘は真剣に俺の方を見つめた。相変わらずマッサージチェアがぶるぶると彼女の体を振動させている。

「疲労じゃ無い<つかれた>?…憑かれた?憑かれたか?」

そう。俺は恐らく憑かれている。
憑依。憑き物。
疲労感、寒気、視線。全てが不可解でただの錯覚にしては頻度が多すぎる。ただ単に疲労していてこのような症状が出るのならば俺はおとなしく市販薬を飲んで休養を取る。
薬を飲んで休んだのにこの症状は治らない。どんどん酷くなる一方だ。
「それはえっと、何に憑かれたと思っている?」
質問の仕方が菊弘らしい。
菊弘は俺が無意識に自己暗示で憑依状態になっているのではないかと訊いているのだ。
「幽霊だ」
「そうと導きだした理由は?」
「狐や他のもの、いわゆる憑依されると言われているものの類いにおける特殊な症状は出ていないからだ。それに人間特有のねちっこさというか、悪意というか。そういうものを感じる」
「ふむ。恨まれやすい自分の被害意識からかな?それはいつからだ」
「なあ、菊弘違うんだ。俺はお前としばらく一緒に過ごしてきた。俺がもし自己暗示に掛かっているのならお前がすぐに気づくはずだ、そうだろう。これは違う、本当になにか悪いものが俺に悪影響を与えている」
俺は珍しく素直に思っていることを伝えた。
この症状が出始めてからしばらくして、俺は自分でも暗示なのだろうと思ってほっといたのだ。
何かやばいことになったら、菊弘が異変に気付いて解いてくれるだろうと思っていた。すると一向に菊弘は異変に気付かないものだから、じゃあ気のせいだろうと無視することにしたらそれは悪化した。
まるで見えない敵が、自分の悪意に気付けと言わんばかりに。

菊弘はいつもよりも少し困った顔で俺を見ていた。
「…分からないのか、お前には。この悪意の正体が」
「そうだな。もしかしてもしかすると本当にその憑依したもの、君に悪影響を与えているものが<幽霊>だとしよう。<幽霊>とはなんだ?私には科学的な、自然的な超常現象でしか感じることができない、すなわち<幽霊>が存在しても私には見えないし感じられないんだ」
「は?」

俺は目を見開いた。
こいつは、彼女は呪術師だ。言葉を巧みに操り自分の口にした<言葉>通りに事を成す。そして人外と呼ばれる人ではない異界の者を従えている。その本人もその影響を受けて人ではないものになった。
その菊弘が、幽霊が見えない感じないと言う。
俺は勝手に見える感じると思い込んでいたので、思わぬところでつまずいてしまった。

「見えないのか」
「見えないねえ」
「感じないのか」
「と、言われても何を感じ取ったらいいのかわからないじゃないか。生命にはエネルギーが存在して、それを感じろと言われればなんとか出来るけれど私は探知型じゃないんでねー。見える人もいるけど私はほとんど人外担当と言うかなんと言うか…すまんね」

探知型?見える人?人外担当?
俺が訳の分からない単語を反復し呟くと、それを聞いて菊弘は手をポンと打った。なんだその漫画的閃いたぞ表現。

「探知型と見える人にお願いしよう!」



というわけで俺は一人で某都内の駅前に来ている。
菊弘が自分では手に負えんと判断したので、代わりに「とある人にお願いしといたから」と知人を紹介したのだった。
詳しいことは会ってから分かると投げやりに見送られ俺はその知人とやらを駅前で待っている。
だが、菊弘があまり相手のことを話したがらないのと「お願いしといた」という言い回しから、菊弘に従える人外たちでは無い気がした。奴らを引っ張ってくるならそんな風には言わないだろう。

都内の駅なので一通りが多く、そして待ち合わせをしているであろう人も多い。俺はさりげなく菊弘の知人を探していた。
だがそれらしい人物は一向に現れない。
というかそれらしいというのもどれらしいのかよく分かっていない。菊弘が言うには先方が俺のことを知っているので心配は要らないらしいが…。

集合時間からだいぶ経った。
ストリートミュージシャンが軽快なロックを歌っている。
いつの間にか駅前の人はそのミュージシャンの元で足を止めて、歌を聞き入っていた。自然と俺も人だかりに紛れ込んでいた。
上はライダースジャケット、下はパンクなデザインのシャツ。そしてスキニーにウエスタンブーツ。細身で長身のそのストリートミュージシャンは、少し前に流行ったビジュアル系のバラードを歌ったかと思うと弾いていたギターを背中に回し観客に一礼した。
大きな拍手に俺は我に帰る。
思ったよりも大勢の人が集まっていた。

(しまった、これじゃあ相手が来ても分からない)
俺は踵を返し人混みから抜け出すと、背後から肩を叩かれた。

「やあ、貝木泥舟くん!待たせたね」
客から貰ったのであろう数枚のお札を片手に、さっきまでそこで歌っていたストリートミュージシャンは俺に笑い掛けていた。

お前かよ。
「すまんねえ、ちょっと時間より早く来てさー暇潰しに一曲と思ったらノリに乗っちゃってね。じゃあ移動しようか〜」

言いながら菊弘の知人とやらは、俺の手を引いて改札を通り電車に乗り込んだ。
引かれていた手はいつの間にか腕を組む形になっていて、車内は混んでいないのに密着された。
「菊弘から事情は聞いたよ。あの子からお願いされたら上司としては聞いてあげないとねえ」
「…菊弘の上司?というと軍の」
「あーまぁそんなにちゃんとした地位じゃないけど。日本からの要請が私に降りてきて、それを菊弘や他の部下に指示出すのが私の仕事みたいな?」
だから菊弘は「お願いした」というような言い方をしたのか。
「菊弘からはなにも聞いてないのかい?」
「ええ、話したがりませんでした」
俺は菊弘の上司と聞いて少しだけ畏まった。
「えー?なんでだろう、あいつ律儀に守秘義務とかやってんのかな。真面目ェ〜」
言いながら、菊弘の上司は俺の体を自分の体とくっつけたままだ。
これもなにか思惑あっての行動だろう、そう思いたい。
俺がげんなりと肩をすくめると、それを読み取ったのか「気にしない気にしない」と頬をつつかれた。
気にするんだが。
さすがに居心地が悪い。

目的の駅につくと、やはり俺を恋人のように自分の隣に立たせた。

「悪いねえ、さっきからなんだか魅力ゼロの女を恋人みたいにアピールさせちゃってさ。私は別にゲイに見られようがなんだろうが気にしないんだけど。もうすぐ探知型の人間が住んでるマンションに着くからそこに入るまで我慢してくれる?」
「いや、流石にゲイカップルに見られてるだろうなあとは思ってないので」
やっぱりな。
菊弘と長く居るせいか、男性の格好をしている女性というものを見抜けるようになってしまっていた。
それにこの、菊弘の上司というのはなんだか菊弘に少しだけ似ている気がする。
髪はさらさらの黒のロングウルフ、前髪は斜めに切られていて毛先もばらつかずに揃っている。少し特殊なヘアスタイルだが、格好や趣向がパンクロックっぽいのでそれはそれで似合っている。
この、前髪で右目が隠れるヘアスタイルも似ていて、目もそっくりだった。
特徴のある切れ長のつり目。狐を思わせる、笑ったときの目の表情。
細身で、ふくよかとは言いがたい女らしさのない体。
格好はまるで真逆だが、声質も似ていると思う。

「その、髪型は似せているのですか」
「そうだね、菊弘とは一応同じ血筋だから似てくるだろうねえ」

俺が声をあげる前に否定の言葉が入った。
「でも姉妹とかじゃないよ、親戚でもないけど。まあそこはそういうことってことで深く考えないでね」
「はぁ…」

なんだそれは。
菊弘と同じような、考えるな受け入れてしまえばいいという無理矢理な諭し方。
そこまで似ているというなら、もはやこの人は菊弘の別の次元の菊弘なんじゃないかとか色々と考えたが、考えてもしょうがないのでやめた。

「君は面白いねえ、ユニークだ。いやー菊弘が好きになるのも分かる、好きというかなんというか世話を焼いてあげたくなるのは確かだな!」
「そのように聞いてるのですか?」
「愚問だなあ、言わなくても私には分かっちゃうんだよ」

ああそうだった。心の中で口にすると、それを察したのか笑われてしまった。
かっかっかと気持ちよく笑う人だった。

「着いたよ、ここに探知型の人間が居る」
言いながらその人は、慣れた手つきで玄関前に設置されている機械に何か打ち込んでドアを開けた。
周りは普通の住宅地なのに、このマンションだけおかしな造りをしていた。外見は普通の高級マンションだが、外の玄関ホールに入る前の門に大がかりなセキュリティロックが掛かっているのだ。
ここまでされているのは首相官邸だとか、本当に大金持ちの家ぐらいじゃないだろうか。
ロックが外され玄関ホールに入ると、エレベーターの前に同じような機械があって俺はとんでもないところに連れてこられたのだと実感した。
「よお、ワラシさん元気か!」
菊弘の上司は、エレベーターの前の機械を弄りながらどこかに声を掛けた。
視線は俺の右隣らへんだったが、そこには何も居なかった。
しかしかまわず会話が続く。
「ああそうだよ、こいつが例の男だ。え?気に入ったの?うっそーやったじゃん貝木くん!しあわせものだよー!って、そういえば君はホテル暮らしだったなあ…。じゃあ無理かぁ、残念だあねえ」

からかっているとは思えない。
俺の右隣には、見えないワラシさんという人が居るのだろう。
そうか、この人は見える人なのだな。
菊弘は探知型と、そして見える人を紹介すると言っていた。
おそらく探知型というのはこのマンションに住んでいる人で、見える人はこの―菊弘の上司―本人なのだろう。

エレベーターに乗り込むと、繋がれていた手は離された。
「ワラシさんに好かれるような男だから、幸薄なんだろうねー貝木くん哀れだわー」
「ワラシさんっていうのは…」
「んー?座敷わらしのワラシさんだよ」
「…そうですか」
あまり気にしないようにする。
話しているうちに目的の階についた。
そこはエレベーターの内装とは全く違う階だった。なんと廊下には真っ赤な絨毯がひかれていて、壁には高そうな絵画、そして所々に花が花瓶に飾ってある。
まるで急に異空間に入り込んだような錯覚に教われて、俺は降りるタイミングを失う。
「何してんの行くよおー」
その声にはっとし慌てて降りた。
長い廊下を進んでいくと、燕尾服姿の白人とすれ違った。
菊弘の上司は白人と何かしら言葉を軽く交わし、笑っていた。英語ではない。通りすぎた空き部屋からは黒人のメイドが大きなカートにシーツやタオルを入れて運び出すところだった。
急に国が変わってしまったのか。
いや、そんなはずはない。
きっと、おそらく、外国人を雇用しているだけだ。

「ここだよ」
他の部屋のドアには番号が降ってあったが、指し示された部屋のドアには何も表示がなかった。
ドアノブさえなかった。
壊れているのか?それともわざとなのか。
ここだよ、と言われて数秒後ドアは勝手に開いた。
いや勝手に開いたのではなく、中から人が俺たちを招き入れたのだった。

「ちょっと早くないですか?まだ準備できてないんですけど」

ドアの隙間から細長くて白い指が覗いて、それと同時にくぐもった声が俺たちに届いた。
「そんなことないよお、普通に来たじゃん普通に。何してんの準備なんていらないでしょうがよ〜早く入れて」
「ハレさん色々はしょってますから、お客さんに自己紹介も何もしてませんから。意味分からない。まだ服着てないんですけど」

くぐもった声に言われて、そういえば自己紹介していないことに気がついた。
「あ、そういえば…。すいませんでした」
「貝木くんも今気づいたくらいどうでもいいことなんだよ自己紹介なんてさー。服もどうせ持ってないんでしょ?じゃあもう定位置行ってな?勝手に入るから」

菊弘の上司は、慣れたような感じで、声と会話した。
声の主はさっと、指を引っ込めると消えた。ドアは少しだけ開いたままだったので、菊弘の上司―ハレと呼ばれていたか?―そこにするりと滑り込む。
俺もその後を追うように入った。
背後では、馬鹿みたいにでかい音がしてドアがしまった。ぺらっぺらの板で出来たドアのはずが、音だけはどでかい金庫のようだった。

「つれてきてないんですよね?」

定位置。
広い部屋のど真ん中には、コンピューターと四台のディスプレイがあってその目の前に真っ白い布団があった。それ以外は漫画とか本で埋もれている。布団にくるまるようにして、その人物は俺たちを見上げていた。
「つれてきてないんですよね?」

布団にくるまっている人物は大きめの声で言った。
「大丈夫だと思うよー。なかなかしつこかったから大分めんどくさかったけど、私が近寄ったら逃げ出すくらいだからそこまで強いもんじゃないんじゃない?」
「ならいいですけど。意味分かんない」

意味分かんないのはこっちなのだが。
口癖なのか、本当に意味が分かっていないのか。

「貝木くん、私は菊弘の上司ハレ。こっちの全裸で布団にくるまってる生き遅れ女が」
「はるる子ですよろしく、だいぶ酷いこと言われてますけどいつものことなんで気にしないでください」
「こいつは菊弘とは違う部隊のハッカー的なやつで、ここから絶対に動かない。だからこの部屋には特殊な結界が張られていて安心だよー、どうかな?ちょっとは体調がよくなった?」
「言われてみれば、辛くないかもしれないですね」

本当は、ハレに後ろ手で肩を叩かれた時から、ハレに初めて会った時から、重かった違和感が弾け飛んでいた。ぶわあっと変な風が吹いて、なにかが俺から遠ざかった感覚を味わっていた。

「貝木くんに憑いてるのは、貝木くんに近づく女に対して強く作用するみたいでね。菊弘が常に側にいるからどんどん悪影響を及ぼしていたんだ。菊弘から離れたことで油断していたソイツは、そんなところに私が来たもんだからビックリして離れちゃったんだろうねえ。すぐさま追いかけてきたけど。素晴らしくしつこい執念だったけど」
「ハレさんがそこまでするのに離れないってことは最早ストーカーですね。多分生き霊だ。意味分かんないけど」

はるる子―本名かどうか分からない、本名ならばちょっと特殊すぎる―は相変わらず布団ごともぞもぞと動いて、キーボートを叩いた。
「ぱっと探った感じ、生き霊で合ってると思うんでその悪意を飛ばしてる奴を探しますけど。えっと、たぶんこの辺りに住んでる」
言いながら画面を指す。
マップには、見たことのある地名などが表示されていた。
いたって普通の住宅地。
「えー家主の名前は舘駒夏灯(たちこまなつひ)、普通のサラリーマン。奥さん冬美、娘が秋緒」
キーボードやマウスをせわしく動かしながらペラペラと個人情報を喋る、ハッカーというのは本当らしい。
俺はひとつ思い当たることがあって、はるる子に尋ねてみた。

「その、秋緒という娘はどこの学校に通っていますか」
「某県某市の私立○○高等学校2年B組、テニス部、美化委員会」

答えは迅速に、すぐに帰ってきた。しかも欲していない情報までおまけで。

「心当たりがあるみたいだね」
「…」

沈黙は肯定。

俺は菊弘と行動をするようになってからも、詐欺は働いていた。
当たり前だ、隣に日本の生存を守るために裏で奔走している特殊部隊の隊長が、人外を統べる者が隣にいようがなんだろうが俺は生まれついての詐欺師だ。
詐欺を働くことを止めるということは、死を意味する。

それになんだかんだ言って菊弘は俺の詐欺行為を否定しない。
懲りないなあとは言うがむしろ助けてくれる節もある。

だから止めない。
ので、やったものが例の女子高生に繋がるのだ。
何をやったっけ。
俺は一度やった詐欺は、計画は終わった時点で捨ててしまう。処分してしまう。

「まあ、分かりやすい悪意だからお客さんがこの女子高生に意味ありげなことでも言ってあっちが勘違いしてるんでしょうね。意味分かんない、女って意味分かんない」

「そんなはるる子も女なんだけどねえ」
「私はもはや女を超越した生き物なんです」

「あの、それで」

俺は二人がなかなか核心に触れないので、話の腰を折った。

「あーそうだったそうだった。で、どうする?自分で片付けられるのならばそうして欲しいんだけどー」
「女子高生に接触して、お前の事なんてなんとも思っていない迷惑だから止めろと告げればいいですか」
「はっはっは!悪化するだろうねえ」
「ここまで生き霊を大きなエネルギーとして扱えるんですから。この女子高生相当ですよ、お客さんみたいな素人が下手に手を出すのは止めた方が良いと思います」

はるる子は、相変わらずキーボードを叩いている。

「じゃあ菊弘に代わりに行ってもらってさー、適当に術掛けて記憶を無くさせればいいんじゃね?」
「ハレさんが祓っちゃえばいいじゃないですか」

はるる子は、俺が言いたかった一言をずばり言ってのけた。
そうだ。菊弘は祓えないと言っていた。自分には霊的エネルギーを退ける力は無いと。だから専門家にお願いしたと。

「ハレさんは、専門家なのでしょう」

俺が言うと、ハレはにっかりと笑って答えた。
「何を持って専門家というのかわからないが、おそらく菊弘がそう言ったのだから私はそうしないといけないのだろうなあ」



? ?

ハレは続ける。
「最初からアイツの手中かなあこりゃ。私はそれが嫌だから最後まで生き霊をどうこうするつもりは無かったのだけど、菊弘が自分で依頼しに来るのではなく貝木くん本人を私と会わせたということは、それはそれで心変わりを狙っての事だろうから最早きみと会った時点で、私の負けかあ」
「菊弘さんのお願いを聞いた時点で敗けでしょうよ」

俺は、独り言を聞いているだけだった。

「あーあ、仕方ないか。だって貝木くん可愛いんだもの!仕方ないよねー」
ハレはそう言って素早く何かを口元で唱えた。

きゅうきゅうにょりつりょう。



今回の顛末。

「おーハレさんが私の思惑通りに動いたか」

菊弘はセル―菊弘の人外配下の一人・魔人―と将棋をしながらのんびりとした様子で俺を待っていた。

俺はハレから貰った手土産を片手に、滞在していたホテルへと帰ってきていた。
「なんかあっちもそんな事を言っていたな…いや、もう詳しいことは忘れてしまったのだが」
「あーその調子ならもしかしてカガキヨにも会ったな?すげえなお前、フルコースいっちょ手前じゃん」

カガキヨ?

俺はあれから、ハレとはるる子に会ってからそしてここに帰ってくるまでが、全てが曖昧でぼんやりとしている。
ハレから手渡されたご当地クッキーをしっかりと持って、五体満足で帰還した。
しかしまるで何事も無かったかのように、彼女らとの会話や出来事を忘れている。

「カガキヨは文字使い。たぶんハレさんに会うことでお祓いは済んでただろうから最後にその文字使いに記憶を消されたんだろうよ。ま、忘却ってのは憑かれたものに対する一番の特効薬だしねえ。念には念をってことなんだろうな」

俺は、あのただっ広い部屋に来客があったことを、ぼんやりと思い出した。
やはりつり目。切れ長のつり目。
豊満な体には似つかないスーツ姿。宝塚の女優を思わせる口調。

自分は言葉の力は持たないけど、文字の力が特出しているんだと。

言うと、紙に様々なことを書き連ねた。
そして俺は忘れた。
しっかりと忘れたのではなく、ぼんやりと。
ここまでぼんやりとしていると、脳が勝手に判断して思い出さなくてもいい適当な出来事だと処理してしまう。

「きゅうきゅうにょりつりょう、ってなんだ」

俺はふいに思い出した言葉を、菊弘に尋ねた。

「うん?急急如律令かな?急ぐ急ぐ、如く、規律の律に命令の令かい?」
「おお、流石は始祖だな」

セルが笑った。何が面白いのかはわからない。

「祓いの結びだね、呪文の終わりに唱える言葉だ。つまりお前のお払いは終わったってことさ」

菊弘は王手、と言って何故か自分の王を取った。
彼女らの独自ルールのようで俺には理解できなかった。

終わったのなら。
「終わったなら、別にいいか」

俺は必死に、思い出そうとしていた事を、思い出すのを止めた。







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