菊弘メイクアップ


※この作品は貝木が自分で自分を化粧している設定前提で進みます


パタパタとコットンを顔にはたいている。
しっとりと化粧水の染み込んだそれを、何度も何度も丁寧に顔に叩き込んでいる。朝の8時ちょっと過ぎた頃。貝木はシャワーを浴びると髪を乾かしヘッドバンドで前髪を上げて、自らの顔の手入れに勤しんでいる。眉も既に綺麗に整っていた。ビジネスホテルの備え付けの大きな鏡に、顔色の悪い男が陣取ってせっせとスキンケアを怠らない毎日は既に慣れたものだった。最初見たときは少し驚いたが、まあ世の中は変わってきているのだから男が自分のスキンケアをするようになってもおかしくはないさ、草食男子ってやつだろ?オトメンってやつだろ?知ってる知ってる。と、髭を剃った後のちょっとしたもんだと思っていたらその後ガッツリ化粧し始めたから…知ってる知ってる、これは女装子ってやつだろ?否、流石に違った。特にアレコレ言うのもおかしいので深くは聞かなかったが「朝から大変だな」とだけ言うと「まあな、慣れたよ」と素っ気ない返事が帰ってきた。それから私はなんとなく貝木の毎朝のメイクアップを眺めている。

「そういえばお前が化粧をしているのを見たことが無いな」

貝木は、顔に乳液を塗りたくりながら私に言った。私はというと窓際の椅子に腰掛けコーヒーを飲みながら朝刊を読んでいた。まるで出掛ける前のお父さんとお母さんだな、誰がお父さんだ。

「私は神社での行事以外は弄らんよ」
「そういう決まりでもあるのか、今は神主じゃないだろうルールを守る必要性は感じられないが」
「まあね」
「化粧は女の身だしなみ、礼儀だぜ」
「あのね貝木くん、そもそも私は戸籍上男になっているのだから周囲は私を女性だと見ていないのだ。じゃあ別に化粧なんかしなくっていいだろ?神社の行事、神主として正式に表に出る時は右目の傷を隠すために化粧してる程度だし」
「そうか、ちょっとこっちに来い」
「ん?…何だい?」

この会話の流れでなぜお側にお呼ばれしなくてはいけないのだろう。疑問に思ったが素直に従って貝木の方へ行くと、自然に鏡の前に座らされ自然に貝木のヘッドバンドで前髪を上げられて自然に私が化粧をされる形と成った。

「んなぁ…!?何を」
何をするんだと言う前に化粧水の染み込んだコットンを叩きつけられその冷たさに閉口してしまう。
「や、やめ」
やめろと言う前に乳液のまんべんなくついた大きな掌に両頬を包み込まれて閉口してしまう。
「いい加減にし」
いい加減にしろと言う前に丁寧に下地を塗り込まれ肌の色が整っていく。右目の傷痕もコンシーラーで上手に隠してくれた。眉も少し弄ってふんわりと茶を乗せ、瞼に暗めの、しかし少量のアイシャドウと目尻に簿かしたアイライン、睫毛をビューラーで上げ、頬に派手すぎない橙のチーク、唇にしっとり薄紅を引かれる。乳液の辺りから感服せざるを得なくなり私は鏡を見ながらメイクを施していく貝木におとなしく従っていた。顔だけで終わりかと思いきや、ワックスを取り出し(ポマードじゃなくて良かった)私の髪も弄り始めた。長い前髪をくしゅくしゅと動きをつけて右へ流し、全体的にボリュームを出す。嗚呼…私一応右目を隠すためにワックスでセットしてるのに…。お構い無しに貝木はメイクアップを進めた。

「うむ、美人だ。完璧だな」

鏡で確認し、そしてぐるりと回転させて直に対面でチェックする。親指で瞼のアイシャドウを簿かして少しずつ他のところを手直しして貝木はやっと、手を洗うために洗面台へと消えた。
改めて鏡を見るが、そこには小顔の超絶美女が居た。正直に言っている。超絶美女だ。自分で化粧するのとは大違いの、完璧な大人の女性の化粧だった。

これはいけない!
元々私は‘男を惑わす種族…山人’なのだから着飾ってしまうといけないのだ。否…それは昔のことだから今ならまあ症状も治まっているだろうし化粧ひとつでそう簡単には効果はな

「菊弘」

いつの間にか戻っていた貝木が急に私の肩を掴んだ。そしてそのまま無理に私を立ち上がらせて、対峙した。すっかりいつもの顔に成った貝木はその不吉な顔色で、不吉な声色で言う。

「思ったよりも良いな」
「も、もう落とすからな!?」

がっしりと両腕を掴まれる。ヒィイイしまった効果があった!早くいつもの男っぽい容姿に戻らないと…!

「落とさなくていい、よしついでにこれから服も買いに行くぞ」
「はぁ!?そんな必要はないだろ!!」
「つべこべ言わずに着物を脱げ、ワイシャツとチノパンに着替えろ試着しやすい格好になれ」
「何で試着を……ハッ!まさか」

まさかこいつ。
私に化粧して意外にうまく言ったから楽しくなってきてるだけじゃないだろうか…。きせかえ人形で初めて遊ぶ子供のように。

心なしかルンルンしている貝木を見て、なんだか少しだけホッとした。

「アクセサリーも選んでやるぞ」
「いらん」




ヤマ無しオチ無しイミ無し終わり




※そもそも既に惚れてる相手にはお色気攻撃効かないってやつですよね、なーんて←




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